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2026.08.07

ヒューマノイドに閉じない、空間のOSへ【連載】現場目線の「フィジカルAI」入門(第3回)

日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター株式会社 代表取締役 CEO 加藤直人さんによる、「フィジカルAI」をテーマにした連載第3回。

前回まで語られたのは、ゲーム技術と産業メタバースの接点、そしてフィジカルAIを支えるデジタルツインの重要性について。今回は、その先に加藤さんが見据える未来に迫ります。

クラスターはなぜビジョンを「バーチャル経済圏」から「人・モノ・技術をつなぐ共創空間のOS」へと刷新したのか。その背景には、人間だけでなくAIやロボットも共存する社会を見据え、「空間」そのものを新たな価値創造の基盤として捉える思想があります。フィジカルAI時代におけるクラスターの挑戦と、その先に実現したい世界を語っていただきました。(リード文=RoboStep編集部、本文=クラスター株式会社 代表取締役 CEO 加藤直人さん)

記事を執筆してくれたのは…

クラスター株式会社 代表取締役 CEO
加藤 直人さん

京都大学理学部で、宇宙論と量子コンピュータを研究。同大学院を中退後、約3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年にVR技術を駆使したスタートアップ「クラスター」を起業。2017年、大規模バーチャルイベントを開催することのできるVRプラットフォーム「cluster」を公開。現在はイベントだけでなく、好きなアバターで友達と集まったりオンラインゲームを投稿して遊ぶことのできるメタバースプラットフォームへと進化している。2018年経済誌『ForbesJAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。同じく2022年、2023年には「日本の起業家ランキング」のTOP20に2年連続で選出。著書に『メタバース さよならアトムの時代』(集英社/2022年) 2026年大阪電気通信大学客員教授就任。

「バーチャル経済圏」を、書き換えた

第3回では、この連載全体で僕がお伝えしてきたことを一度振り返りつつ、その先にどんな世界が見えているのかをお話しさせてください。

第1回でお話ししたのは、ゲーム業界で培われた技術が、いま産業メタバースに広がってきているという話でした。コロナ禍を経て、世の中の課題は人手不足や資材費高騰といった物理世界の課題に戻ってきている。そこに、スマートフォンのようなデバイスで、リアリスティックに空間や人の動きを表現することに心血を注いできたゲーム業界の知性が、力を発揮すると。

同時に僕は、その知性が月の裏側にまで届くはずの人類の英知であるにもかかわらず、ガチャの確率を1%上げる最適化に消費されている現状を嘆いていて、それを世の中を前に進める方向──具体的には、フィジカルAIとデジタルツインの方向に使いたいという強い思いを書きました。

第2回では、もう少し技術的な話に踏み込みました。フィジカルAIは、現実世界を観測し、干渉できるAIのこと。でも、ヒューマノイドを現実世界に置いても、学習なしではおもちゃにしかならない。だから事前のトレーニングをどこでやるか、それは100%デジタルツイン上になる。つまり、ハードウェア屋さんとAI研究者を合体させる接着剤が必要で、それがデジタルツインなんです、という話でした。

そしてクラスターは、AIエージェント「Flex」やバーチャルAIヒューマンの研究開発を早くから進めていて、膨大な3D空間とコミュニケーションデータを資産に、バーチャル空間内を歩いて複数人と対話できるエージェントを実現している。NVIDIAのOmniverseが重たいシミュレーターだとすれば、clusterは軽くて誰でも触れるインターフェース、という棲み分けの話もしました。

ここまでが、連載の前提です。今回はその先、なぜ僕がこういうことをやっているのかという話にまで踏み込ませてください。

実は、クラスターのビジョンを最近書き換えたんですよ。少し抽象度の高いビジョンになったのですが、以前の「バーチャル経済圏を作るぞ」というところから書き換えました。

「バーチャル経済圏」というビジョンは、人間中心すぎると思っていて。コミュニティをいかに作るかにフォーカスしすぎた言葉だな、と考えるようになりました。

これから、身体を持ったエンボディドAIが当たり前に世の中に溢れ、ロボットと人間が共生する時代が来る。AIと色々なテクノロジーと人間が、一緒に動いて、一緒に生活している時代が来る。そう考えたときに、「経済圏」という言い方をしてしまうと、対象が一側面によりすぎているし、ズレてしまっているなという感覚があったんですよ。

クリエイティビティは、言語より先に発露する

その中で、人間のクリエイティビティを加速させていくうえで重要な要素は何か、と改めて考え直しました。

この問いに対する答えは、僕は「空間と身体」だと思っています。言語・知性よりも先にそちらが先に来ると感じている。これは、自分に子供が生まれたから、こういう発想になっているのかもしれません。うちの子供は今2歳なんですけれども、もうすでにマグネットのブロックをカチャカチャ引っ付けたり、ブロック同士を組み合わせたり、いろんなものをくっつけて遊んでいるわけです。喋るより前に、クリエイティビティと呼べるものが、2歳や、1歳の頃から感じられる。好奇心やクリエイティビティは、こんなにも早くから発露していくものなんだな、というのを日々すごく感じるんです。

クリエイティビティは、言語以前のより根源的なものに由来しているのだということを、改めて強く思うようになりました。言語以前のところ──空間と身体の関係性のあたりにこそ、創造力のコアが存在している。

わかりやすい例で言うと、何も喋らなくたって、ダンスをするだけでクリエイティブになれるわけですよね。歌わなくてもいいし、ちょっと動いているだけでもクリエイティビティ・創造性は立ち上がる。イメージしたものを形にして脳内から取り出すことをクリエイティビティの定義だとすると、ダンスによって宇宙を表現することだってできる。それを可能にするのが、身体と空間なんです。

そう考えたときに、ミッションを実現するためのビジョンとして何をすべきかと言ったら、身体や空間をデジタル化・機械化する、要は「計算可能」にして可能性を解き放つことです。物理法則に縛られた身体と空間だと限界がありますが、そこに色々なテクノロジーが入ってきたとき、無限の可能性が広がると考えています。例えばAIの入ったロボットが空間に入ってきて、その中で一緒に物を作るということができたら、一気に「こんな世界があったらいいのに」「こんな自分だったらいいのに」ということが、実現できる世界になるんじゃないかと。デジタル世界・情報空間で構築した理想の世界が、現実世界とつながって、染み出していく。それこそが、われわれ人類が目指すべき未来の形です。
では、そういった世界における「空間」とはどういうものなのか、と考えたら、何かをつなげる、何か同士をつなげていく存在ではないかと。そこから、人とモノと技術をつなげる、一緒に何かを作る空間の基盤システム──OSを作る、そんな会社でありたいという想いに至った。だから新しいビジョンは「人・モノ・技術をつなぐ共創空間のOS」になったんです。

部屋自体が、AIになってもいい

フィジカルAIと言ったとき、AIに体を与えて現実世界に顕現させる技術スタックと言えば、パッと思いつくのはロボットですよね。特に人型の、いわゆるヒューマノイドロボット。でも、別にフィジカルAIはロボットの形をしていなくたっていいわけです。

例えば、いまぼくたちのいるこの部屋自体が、AIとして意識や機能を持っていてもいい。いや、むしろ持つべきです。ロボットが部屋の中に居てもいいかもしれませんが、ビル自体がひとつのAIになっていて、僕がここから出ようと思ったら「お疲れ様でした」と扉が勝手に開いてくれてもいい。他の人が入ってこようとしたとき、「中で今、加藤さんがミーティングしているので、開けません、ダメです」と言ってくれる存在がいてもいい。それこそが、AIが物理世界に顕現している理想状態だと思うんです。

そう考えると、僕たちがやろうとしている「人・モノ・技術をつなげる共創空間」を実現すること自体が、ヒューマノイドだけに閉じない、フィジカルAIの究極体を作る基盤になるんじゃないか、と思っています。

クラスターには膨大な3D空間とコミュニケーションデータが蓄積されていて、バーチャル空間内を歩いて複数人と対話できるAIエージェント「Flex」(※)の研究開発が進んでいます。さらに、産業向けのデジタルツイン案件でも経験を積んでいます。ロボットはデジタルツインで事前学習をして、現実世界に降りてくる。現実で集めた経験とデジタルツインで集めた経験がぐるぐる行き来して、AIがさらに賢くなる。このループが回り始めたとき、フィジカルAIはヒューマノイドに閉じない、空間そのものをAI化していく未来へと進んでいくはずです。

(※)AIエージェント「Flex」は特許取得
参照:
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000441.000017626.html

連載を通してお伝えしたいのは、フィジカルAIの本当の主戦場は、SNSで見るようなバク転するヒューマノイドロボットのほうではなく、その手前にあるバーチャル空間側、デジタルツイン側にあるということです。そしてその技術は、ゲーム業界が培ってきたもので、世の中を前に進める方向に使いたい。

SFで読んだような世界を実現する。体験が変わっただけで終わらせない、世の中を本当に良くする。そのためのテクノロジーとして、clusterとデジタルツインとフィジカルAIがある。それが、現場で手を動かしてきた僕の、偽らざる実感です。

次回は、具体的な世界のニュースやトレンドから、フィジカルAIの「現在」と「未来」について、僕が考えていることをお話していきたいと考えています。