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2026.05.26

フィジカルAIの主戦場は、リアルじゃなくてバーチャルだ 現場目線の「フィジカルAI」入門(第1回)

日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター株式会社 代表取締役 CEO 加藤 直人さんご寄稿による「フィジカルAI」をテーマにした新たな連載がスタートします。

メタバースの企業が、なぜフィジカルAIを語るのか。意外に思われる方もいるかもしれません。しかし、クラスターはこれまで、誰もがバーチャル空間をつくり、参加し、体験できる世界を広げてきた企業です。その歩みの先で、いま同社が見据えているのは、バーチャルで培った空間表現や身体性の技術を、製造業、建設業、インフラ、エネルギーといった物理世界の課題解決へとつなげていくことです。

初回となる本稿では、加藤さんがclusterというサービスの成り立ちを振り返りながら、「王道のプロダクトを、邪道にグロースさせる」という独自の事業思想、そしてコロナ禍以降に見えてきた産業メタバースへの期待、3D技術の民主化、フィジカルAIへと向かう必然性について語ります。さらに、優れたテクノロジーを単なる消費や最適化にとどめるのではなく、現実の社会課題を前に進める力として使うべきではないかという、加藤さんならではの熱量ある問題提起も本連載の大きな読みどころです。

バーチャルとリアルをつなぎ、新たな価値を生み出すべく、さまざまなトライアルを進めているクラスター。その代表の視点から、いま注目を集めるフィジカルAIの可能性を現場目線で紐解いていく本連載。RoboStep読者の皆さんにも、AIとロボティクス、デジタルツイン、産業メタバースが交差する新たな潮流を、ぜひ一緒に学んでいただければと思います(リード文=RoboStep編集部、本文=クラスター代表取締役 CEO 加藤 直人さん)

記事を執筆してくれたのは…

クラスター株式会社 代表取締役 CEO
加藤 直人さん

京都大学理学部で宇宙論と量子コンピュータを研究。同大学院中退後、約3年間のひきこもり生活を経て、2015年にクラスター株式会社を創業。2017年、大規模バーチャルイベントを開催できるVRプラットフォーム「cluster」を公開した。同サービスは現在、イベント開催に加え、アバターによる交流やオンラインゲームの投稿・プレイも楽しめるメタバースプラットフォームへと進化している。2018年、経済誌『Forbes JAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。2022年、2023年には同誌「日本の起業家ランキング」のTOP20に2年連続で選ばれた。著書に『メタバース さよならアトムの時代』(集英社、2022年)。大阪電気通信大学客員教授。

王道のプロダクトを、邪道にグロースさせる

まず、改めてclusterというサービスを、まだ知らない方のために説明させてください。

clusterは、メタバースというワードを聞いた方が想像するであろう3D空間を自由に作ってアップロードでき、アバターもアップロードできる。「こういう世界を作りたい」「こういう自分になりたい」「こんな空間があればいいのに」「こんな自分になれたらいいのに」というものをバーチャル空間上で実現できるサービスです。

しかも、VRのデバイスだけでなく、スマートフォンやタブレット、パソコンに加え、最近はブラウザ版も提供しており、さまざまな場所からその世界にアクセスすることができる。そのように、clusterは、バーチャル空間へのアクセスのハードルを、誰にとっても下げ、簡単に実現するというところをアイデンティティにしているサービスです。

clusterが誕生したときはバーチャル空間に集まるイベントのためのサービスでした。それが「バーチャル空間で何でもできますよ」という大きなプラットフォームに変わっていった、というのがコロナ前後からメタバースブームに至るまでの流れだったと僕は捉えています。もともとイベント用途だったので、イベントを作って、開催する人のためのシステムも、参加する人のためのシステムも、ギフト機能もスタッフ機能も、そういったものがしっかり揃っているサービスです。

そこからコロナ禍を経て、バーチャル空間をイベントで知って入ってきて、「こういう世界があるんだ」と感銘を受けて、こういう世界を作ってみよう、こういう自分になってみよう、そこで人との出会いがあった──そんな人たちが残ってくれている、と感じています。

ここで伝えておきたいのが、クラスターという会社は、王道のプロダクトを邪道にグロースさせていく会社だということです。やっていることは王道であるべき。ただし生存戦略として生きていくためには、ある種、邪道であるべき、というのが僕の思想なんです。

「邪道」というと、なんだか悪いことのような印象があるかもしれませんが、そうではなく、「慣習」とか「先入観」に縛られずに、ピュアに「求められていること」や「やるべきこと」をやるという意味です。たとえば我々の技術はゲーム業界由来のものがベースにありますが、その技術の使い方やユーザーへの届け方は、ゲーム業界の慣習からしたら「とんでもない」ものだったりします。

やっていること自体は、空間のプラットフォームとしてすごく王道なことをやっているのですが、成長させていくうえで、イベントにフォーカスしたり、VTuberさんがイベントをやりやすくするための機能を増やしたり、コロナ禍ではコロナ禍に必要な機能を足したり、といったことをやってきました。

昔から言ってきたことなのですが、黎明期のコンシューマー向け領域で、個人のみなさんからお金をいただきながら事業を大きくしていくというのは難しいと考えています。提供できる価値に対して、個人のみなさんへの負担が大きすぎる。

それよりは、法人向けのサービス(商品)を提供しながらお金をいただいて、そのノウハウや得た資金をコンシューマー向けに還元して、どんどん基盤システムを発展させていく。それが僕の基本的な思想です。だから2020年以前からclusterカンファレンスでも、「To Bで稼いでTo Cに還元する」ということを当時から押し出していたんですよね。企業戦略の根本はそこにありました。

世の中の課題が、物理世界に戻ってきた

企業が求めているものを提供して収益を上げ、コンシューマー向けの基盤システムに投資していく。それを地道にやっていたら、世の中が自分たちに期待していることが、近ごろ急激に変わってきたと感じるんです。

コロナ禍で明確にあったのは、「リモートですべての体験を終わらせる」という世の中の要請です。そこに期待値が高まっていました。ところがコロナ禍がいったん落ち着いてくる中で、世界的に可視化されていったのが、人手不足や資材費の高騰といった、物理世界の課題なんですよね。

それこそ最近では、戦争の影響で原油の調達が不安定になっています。そういった物理世界における不安や課題が大きくなっている。ものづくりの領域、例えば建設業でビルを建てるという話ひとつとってみても、資材が高すぎる。人手が足りなくて建てられない。そういった話が課題感としてあらゆる場面で噴出してきているんです。

僕たちのテクノロジーは、主にゲーム業界出身のメンバーが集まり、clusterというプラットフォームを耕すなかで培ってきたものなんです。そして、ゲーム業界の人たちは長年何をやってきたかというと、現実世界をいかにバーチャル上・デジタル上に再現しながら、触り心地のいいものにするか。しかも、スマートフォンとかSwitchのような、処理性能に制約があるデバイスで動かすために心血を注いできた。限られたリソースの中で、リアルに空間や人の動きを表現することに心血を注いできた人たちなんです。そういった技術に傾倒してきたゲーム業界の人たちが、物理世界の課題を解決するという時代の流れになってきている。

実際に、2024年にヨーロッパへ何度か出張し、北欧のSlushや、スペインのMobile World Congressなどのイベントに参加したときに、世界的に、メタバースに対する期待値がエンターテインメントから一気に産業メタバースの方向へ傾いてきているというのを感じたんです。

同時に、clusterはさまざまなクライアント向けにイベントプロモーションの事業をやっていたのですが、建設や製造といった業界で「これを社内向けのツールとして使えませんか」「こういうことができると便利で嬉しいのですが」といった相談が増え始めてきたんです。そこで今度はそのニーズに合わせてアップデートしたものを提供し始めたら、「それができるのなら、うちでもこういうことができませんか」「こういうことやりたいです」という声が広がってきました。

特筆すべきなのは「ものづくり領域」への進出です。ものづくりの領域では、デジタル化やDXが進んできています。製造業では3D CADをつくっていきましょう、建築業ではBIMを作りましょう、土木ではCIMを作りましょう、というように。国交省も、BIM/CIMや、都市計画におけるPLATEAUの活用にかなり積極的に取り組んでいます。ものづくりにおいて、3D技術を活用しようという機運はすごく高まっているんです。

そのように、設計する人たちや、専門職の人たちにとっては「3D技術やバーチャル技術の活用」は取り組むべきものになってきているのですが、「活用していく」という点においては、実際にはとても難しい。たとえば建設業界の話をすると、ビル1棟のBIMデータってめちゃくちゃ重いんですよ。国がBIMを推進しているので作りはするものの、設計段階で終わってしまって、施工の段階で現場の人たちが見るわけでも、活用するわけでもない。販売段階で営業の人が使うのでもなく、運用段階でビルを使うユーザーや住民が使うわけでもない。なんなら、経営層の人たちが「こんな3Dが自社で作られていたんだ、へえ」と言ってしまうという、ものすごくもったいない状態になってしまっています。

3D技術を使っていこうという流れはあるにもかかわらず、まだ十分には民主化されていない。そして、そのことを各業界のDX担当者たちは課題に感じている。その背景があって、製造業・建設業・インフラ業・エネルギー業界の方々が、「もしかしてclusterってサービスは、3D資産を活用していく上で使えるんじゃないか」というところに興味を示してくださって、そこがはまってきているというのが今の状態ですね。

月の裏側まで行ける知性が、ガチャに使われている

僕がずっと嘆いていることがあって。世の中の優秀な人たちが、世の中をまったく前に進めないようなテクノロジーにリソースを割いてしまっている現状を、僕はずっと嘆いているんです。

炎上しそうなことを言うと、本当にみんな、無駄なテクノロジーに時間を割いてしまっている。ゲーム業界の人たちを、僕は心の底からリスペクトしているんですが、「誰がやるんだ、このゲーム」というようなタイトルが大金をかけて作られて、2か月くらいでサービス終了したりしている。ゲームをやっている人たちからお金を搾取しようとするようなガチャや、課金に特化したコンテンツを開発している人たちもいる。本当は日本市場を強くできる技術や、世界を変えるアイデアを持っている人たちがゲーム業界にたくさんいるはずなのですが、非常にもったいない。

その技術を、世の中を前に進めるために、フィジカル領域とAIをひとつに統合するための、「バーチャル技術、空間や身体の技術の領域に来てくれ」「それで一緒に世の中を前に進めようぜ」という話を、連載の最初に入れたいと思っていました。

最近、NASAのアルテミスⅡが4人の宇宙飛行士を乗せ、月を周回する有人フライバイを行いましたね。人類の英知が集まれば、月の裏側にも行けるし、やがて火星にまで到達するでしょう。宇宙空間に人類が作った探査機が広がっていく、そんな未来になるはずなんです。そういう妄想を形にしていくことこそが、クリエイティビティだと僕は思っています。イマジネーションで火星の上を歩くことができるのなら、現実世界でそれを実現するためのテクノロジーであってほしい。

でも、月の裏側まで到達できる人類の英知が、ガチャへの課金率を1%上げる最適化に注がれてしまっている。本当にそれでいいのか、それで人類は前に進んだのか、と思うんです。

ここで思い出すのが、Palantirという会社です。Palantirは、PayPalの創業者のひとりであるピーター・ティールとアレックス・カープらが立ち上げた会社で、国の軍事案件を受注して大きくなりました。テクノロジーを国益のために使う、という思想を持った会社なんです。同社のアレックス・カープが著書で述べているのですが、その主張がすごく面白くて。一言で言うと、YouTubeやMetaなど、インターネット業界で大成功とされているサービスを痛烈に批判しているんですよ。

MetaやGoogle、Amazonに感化された多くの起業家たちが「世界を変えるぞ」と言ってスタートアップを立ち上げるようになった。そして、確かに、FacebookやYouTubeで世界は変わったかもしれないけれど、本当に世界は良くなったのか、と。これは痛烈な批判ですよね。確かにインターネットで体験自体は変わった、生活スタイルも変わったかもしれない。ですが、本当に良くなったのかと言われたら疑問だという感覚は僕にも強くあって。思想的には、アレックス・カープの考え方に僕も強く同意するんです。体験は変わったかもしれない、世界は変わったかもしれない、でも世の中は良くなっていないんじゃないか。もっと世の中は良くなってほしいし、SFで読んだり見たような世界観が、一日でも早く実現してくれたほうが嬉しい。そういった課題解決のために、優秀な人たちのリソースを向けるべきじゃないか、と思っているんです。

初回からすごく熱く語ってしまって、少し引かれるかもしれませんが、この思想が、ここから先の連載の根底にあります。次回は、デジタルツインとフィジカルAIという概念に触れながら、clusterが具体的に何をつくっているのか、という話に入っていきます。