
スイス連邦工科大学ローザンヌ校は今年1月、人型ロボットの手にあたるマニピュレーター部分について、ロボットから分離して這い回り、自走する技術について発表しました。その発表内容によると、このマニピュレーターは通常は人の手を模した5本指形態となっていますが、分離時には各指がスライドしてクモの足のようになり、てのひら部分を支えながら歩きだす仕組みとなっています。その歩く姿からこのニュースを報じた中国メディアなどでは、映画『アダムス・ファミリー』に出てくる右手しか姿のない「ハンド」というキャラクターのようだと評していました。
(出展:NPG Press YouTube)
この発表内容を見て筆者は、将来はこのマニピュレーターのように、ロボットの手も義手のようにつけたり外したりできるようになるのでは、さらには用途に合わせて交換するようになるのではないかと思えてきました。仮に交換機能を持ち、用途や状況に応じてマニピュレーターを取り換えることができるのなら、ロボットの機能の幅は格段に広がることでしょう。
ここまで考えが至ったところで、マニピュレーターというのは人型ロボットにとって、その最大の強みである汎用性を担保する、非常にコアとなるパーツなのではないかというように思えてきました。そこで本稿では、上記のようなロボット用マニピュレーターの価値に対する筆者の見解、今後の技術展望、そしてロボット大国中国の現況について紹介します。
担当ライター 花園祐(はなぞの・ゆう)
中国・上海在住のブロガー。通信社での記者経験を活かし、経済紙などへ記事を寄稿。独自の観点から中国のロボット業界を考察する。好きな食べ物はせんべい、カレー、サンドイッチ。
中国では既に人型ロボットが一部の倉庫や製造現場にも導入されていますが、これら人型ロボットがよりコストの低い専用の運搬、製造機械と比べて導入するメリットがどこにあるのかと言えば、それはやはり汎用性にあると言えるでしょう。
専用機械であれば特定用途にしか使えず、また現場レイアウトや周辺機器に合わせた調整も必要であるのに対し、人型ロボットはアルゴリズムの設定こそ必要となるものの、1台で運搬や撹拌、組立といったさまざまな業務に対応することができます。また製造現場において障害物を避けるなどの機能も既に登場しており、現場レイアウトによる障害も克服できます。だからこそコストが高くとも、人型ロボットを導入する製造業企業が出てきているわけです。
このうちさまざまな業務をこなせる特徴に関しては、その手で「つかめる」という機能が特に大きな武器であるように思えます。人型ロボットなら肩肘などの関節に加え手指が加わることで、大きな段ボールでも小さな試験管でもつかんで持ち上げることができるだけでなく、道具を握って運用することもでき、これが専用機械に勝る大幅な汎用性を持たせています。
この「つかむ」という動作において、最も重要なパーツとなるのは言うまでもなくマニピュレーターです。単純につかんだものを離さず潰さず握り続ける握力のリアルタイムな調整もさることながら、対象を絡める指の力学的動作など、マニピュレーターが担う機能は少なくありません。
こうした機能を実現するため、神経が特に集中している人間の手と同様に人型ロボットのマニピュレーターには数多くのセンサーが内蔵されています。一部機種では熱感知センサーも付け、接触対象の温度に合わせて動きを変化させるといった技術も発表されています。
現在、巷間で見られる人型ロボットのマニピュレーターは人間を模すという目的から、人と同じ五本指の形態が特に多く採用されています。ただ実際に五本指を正確に制御する技術は非常に高く、コストもつくことから、より単純な二本指、三本指のマニピュレーターの応用例もあり、一部技術解説でも「五本指が必ずしも正解とは限らない」と述べられています。
現実に、人型ロボットの作業内容によっては五本指である必要はなく、二本指で足る作業ならば二本指のマニピュレーターを使う方がコストも抑えられ、安定性も高くなるでしょう。逆に複雑なボタン操作など、指の数が多ければ多いほどより有利となる作業もあり、指以前にてのひらの形も細長かったり大きかったりすることが有利となる場面があると考えられます。
実際に中国の義手、マニピュレーターメーカーである深セン市大寰机器人科技有限公司(DH-ROBOTICS)の製品ラインナップを見ると、その指や関節の数が各々異なり、用途や機能によって多くの種類に分かれることが伺えます。
調べてみると、ロボットアーム用マニピュレーターも作業の種類により実に多くのバリエーションが存在しています。そのため今後人型ロボットが製造現場などで広がる場合、作業内容に応じてマニピュレーターに求められる形態や機能も分かれてくると予想されます。いわば現場の数だけ需要が存在すると言え、市場の将来性は案外高いのではないかと思えます。
また前述の通りロボットが状況に応じ、マニピュレーターを自由に交換できる機能を持つ場合、一つのロボットに対し複数のマニピュレーターが使用されることとなります。高温などの厳しい環境での作業によっては消耗品として使われることも十分考えられ、長期的な交換需要も考慮すると、ロボット本体よりマニピュレーターの方が案外市場として長持ちしやすいかもしれません。
こうした観点で市場を予想すると、まず交換機能を確保するため、一定の汎用基準(規格)が今後設定される可能性があるでしょう。特にロボットのアーム部分との接続部にこそ規格が求められるように思え、この規格をどこの国、どこの企業が主導するかが重要になってくるかもしれません。
そして実際に規格が整備され、活発な競争市場が成立した場合、その競争の成否は技術力以上にユーザーニーズの汲み取りが重要になってくるとみられます。
時に精密な作業、時に馬力を要する作業など用途や機能に合わせたマニピュレーターを用意しつつ、いかに低コストで提案できるか。こうしたユーザー用途をどれだけ把握して製品を開発できるかが鍵となってくるでしょう。
以上の通り、筆者としては段々過熱してきたロボット市場よりも、マニピュレーター市場の方が製品幅の広さや将来性でより面白くなってくるのではないかと睨んでいます。ではそんなマニピュレーターについて中国市場の反応はどうなのか簡単に調べてみましたが、結論から言うと現在それほど注目されてはいません。
マニピュレーターそのものを取り上げた分析や報道はほとんどなく、あるとしても従来のロボットアーム用マニピュレーターに関するものばかりです。当然、市場規模予測といったデータもなく、現在の需要や主要プレイヤーも把握することができませんでした。
ただ細かく報道を追っていったところ、マニピュレーターの製造装置や干渉を防ぐ動作など、マニピュレーターに関する特許を中国企業が既に数多く出願していることが分かりました。前述の通り注目度こそ低いものの、マニピュレーターの開発に取り組む企業は少なくないように思え、その動向には注意してみていく必要がありそうです。