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2026.03.02

ソフトウェア会社が熾烈な配膳ロボット市場に参入。つかんだ“泥臭い”勝ち筋とは

配膳ロボットが日常となった今、市場は機能での差別化が困難な「レッドオーシャン」と化した。そんな激戦区で、後発ながら着実にシェアを伸ばしているのがソフトウェアのIT企業であるキングソフト株式会社だ。
本業とは違う泥臭いハードの世界で、なぜ存在感を示せるのか。その武器は、画期的な新機能ではない。「ロボットを売るために、人間が誰よりも汗をかく」という徹底した現場主義だ。
「初年度は7名体制で、たった2台しか売れませんでした」。そう笑うのは、キングソフト開発本部 AI事業部 部長 佐藤 健斗 さん。同社はいかにして顧客の信頼を勝ち取ったのか。機能競争の先にある「人で売る」戦いの本質に迫った。(文=RoboStep編集部)

若きリーダー、異端のロボット事業へ

キングソフトといえばセキュリティソフト「キングソフトセキュリティCare+」や統合オフィスソフトなどのソフトウェアを中心に展開してきた企業だ。設立から20年以上、ソフトウェア産業の一角を担ってきた同社が、なぜ畑違いのロボット事業を始めたのか。
「きっかけはシンプルでした。親会社であるチーターモバイルのグループ会社『OrionStar』のAIサービスロボットを、日本で展開しようという話になったんです」と佐藤さんは語る。

佐藤さん自身は、元々はロボットの専門家でもなければ、営業志望ですらなかった。転機は入社2年目、ロボット事業への参画だ。ソフトウェアと違い、ロボットは物理的に動き、役に立つ姿が見える。手触り感のある顧客への貢献が、彼のスイッチを入れた。

しかし、その船出は前途多難だった。当初投入した「案内ロボット」は全く売れない。接客ロボットブーム後の懐疑的な市場で、「何でもできる」という汎用性は、「具体的に何に役立つか不明」と映ったのだ。
さらに立ちはだかったのが、日中の品質基準のギャップだ。日本はロボットにも「丁寧さ」を求める。中国語を直訳したような片言やぶっきらぼうなディスプレイは、日本では受け入れられなかった。

そこで彼らは、AIによる空間認識と自律走行で料理を運ぶ、用途が明確な「配膳ロボット(Lankyシリーズ)」へ舵を切る。同時に開発元の中国チームと連携し、日本語のイントネーションや画面の文言を徹底的に修正した。日本の接客現場に馴染むユーザー体験を泥臭く作り込んだのだ。
この調整力こそが後の躍進の土台となるが、成果が出るまでには、まだ長く苦しい「冬の時代」が待っていた。

  

「Lanky Porter」は、業界最大級の大容量トレイとAIによるスマートな自立走行、直感的に操作できるディスプレイを備え、現場に合わせて選べるラインナップを揃えている

ラーメン店で3日間の張り込み。現場で見つけた正解

2021年夏。AI事業部の命運を左右する、大きなチャンスが舞い込んだ。関西を中心に展開する大手ラーメンチェーン店での導入プロジェクトだ。

当時、その店舗は深刻な人手不足に悩まされていた。120席を超える大型のロードサイド店舗で、ピーク時にはキッチンとホール合わせて10名以上のスタッフが戦場のような忙しさで駆け回る。募集をかけても人が集まらず、既存スタッフの負担は限界に達していた。

「ここを成功させなければ、次はない」。そう覚悟を決めた佐藤さんは、ある行動に出る。営業マンとしてプレゼン資料を作るのではなく、自らそのラーメン店に通い続けたのだ。

「3日間、朝から晩までずっとお店にいて、ラーメンを食べ続けました(笑)。iPadを片手に、ホールの端っこからひたすらスタッフさんの動きを観察し続けたんです」(佐藤さん)。キングソフト株式会社 開発本部 AI事業部 部長 佐藤 健斗 さん

IT企業のスマートなデータ分析ではない。佐藤さんが行ったのは、極めてアナログで地道な張り込み調査だった。iPadの画面には手書きの図面が引かれ、スタッフがどの時間帯にどこへ動き、何をしているのかが事細かにメモされていく。

「12時から13時のピークタイムは6人いないと回らない。でも14時を過ぎれば3人でいけるはず。それならば、このポジションの人はロボットがあれば減らせるのではないか?」
現場の空気を肌で感じ、スタッフの息遣いを聞きながら、佐藤さんは「人とロボットの役割分担」の最適解をパズルのように組み立てていった。

そこで見えてきたのが、「下げ膳」という新たなニーズだった。一般的に、配膳ロボットはその名の通り料理を運ぶことが主目的だ。しかし、この店舗ではピークアウトの時間帯に、食べ終わった食器を片付ける業務が大きな負担になっていた。
「中国の開発元に『下げ膳専用のモードを作ってほしい』と頼んだとき、最初は理解されませんでした。『運ぶ機能があるんだから、それで下げればいいじゃないか』と。ですが、日本の現場では配膳と下げ膳は全く別のオペレーションなんです」(佐藤さん)。
佐藤さんは粘り強く交渉し、日本独自の「下げ膳モード」が実装された。これにより、ピーク時は配膳に専念し、アイドルタイムは店内を巡回して食器を回収するという、一台二役の運用が可能になった。

 テーブルへ向かい、使用済みの食器を洗い場に運ぶ「下げ膳モード」。タスクの途中でも新たな地点を追加することができ、柔軟に対応可能

さらに、現場特有の構造的な課題にもメスを入れた。例えば、カラオケボックスのような扉のある個室を備えた店舗では、ロボットが部屋の前に到着しても中にいる客が気づけないという問題があった。そこでキングソフトは自社の開発力を活かし、客席の注文用タブレットへ動画と音声で到着を知らせる通知システムを独自に構築したのだ。
「ロボット単体では解決できない課題を、システム連携でカバーする。これはソフトウェア会社である我々だからこそできた強みでした」と佐藤さんは語る。

単にロボットを納品して終わりではない。「この時間帯なら、ここのスタッフを一人減らせます」「こうすればもっと楽になります」と、店舗運営の深い部分まで踏み込んで提案する。iPadに書き込まれた膨大なメモと、佐藤さんの熱意。それが、現場の店長やスタッフの心を動かした。
「ここまでやってくれるなら、任せてみよう」。そうして導入が決まった数台のロボットが、その後のキングソフトの運命を大きく変えることになる。

「1年で2台」のどん底から、関西の有名チェーンを席巻するまで

今でこそ数百台規模の導入実績を誇るキングソフトだが、その道のりは決して平坦ではなかった。

 事業立ち上げ初年度の結果は、厳しいものだった。7名の専任スタッフを抱えながら、1年間で売れたロボットはたったの2台。「売れないロボット事業部」として、社内での肩身も狭かった。

「正直、しんどかったです。毎週の定例会議で報告する数字が変わらない。周りからは『また出張に行っているけど、成果は出ているの?』という冷ややかな視線も感じていました」。
それでも佐藤さんは諦めなかった。何としてもこの事業を成功させたい。その執念だけが、彼を現場へと向かわせた。

転機は、皮肉にもコロナ禍と共に訪れた。「非接触」という新たな価値観が生まれ、配膳ロボットへの注目が一気に高まったのだ。そして何より、あのラーメン店での成功事例が呼び水となった。

「あそこの店、ロボットを入れて上手くいっているらしいぞ」。

飲食業界のネットワークは狭く、そして濃い。現場での評判は瞬く間に広がり、関西圏を拠点とする大手和食料理店や有名うどんチェーンなど、名だたる外食グループから次々と声がかかるようになった。

社内で何度も導線をシミュレーションし、現地での検証へ向かう

なぜ、大手の競合ではなくキングソフトが選ばれるのか。それは、彼らが貫く「泥臭いサポート」にある。
お客さまと接する時に心がけているのは「まるで友達のような関係」です。佐藤さんはそう断言する。馴れ馴れしいという意味ではない。相手が困っている時にどう振舞うか、考えるかという点だ。ビジネスライクに線引きをして、「それは契約外です」「サポート窓口にメールしてください」と突き放すことはしない。友達が困っていたら、理屈抜きで助けるのと同じように、お客さまが困っていれば夜中でも電話に出るし、翌朝には新幹線に飛び乗って現場へ向かう。

「大手メーカーには真似できない、圧倒的な距離感の近さとスピード感。機能やスペックに大差がないレッドオーシャンだからこそ、最後は『人』で選ばれるんです。『佐藤さんたちがいるから安心だ』と言っていただけるのが、何よりの誇りです」(佐藤さん)。

飲食から小売へ。ロボットと人が「共創」する未来

飲食業界で確かな足場を築いた今、佐藤さんの視線は次のフロンティアへと向いている。小売業界(リテール)だ。「スーパーマーケットなどの小売店も、飲食と同じく人手不足が深刻となっています。ですが、ただ商品を運ぶだけでは意味がない。飲食で培ったノウハウを応用し、小売ならではの『ロボットの正解』を作っていきたいんです」。

構想は具体的だ。例えば、お惣菜のタイムセール。特売品を積んだロボットが店内を巡回し、サイネージで動画を流しながら「今だけ安いです!」とアピールする。あるいは、開店前の忙しい品出し業務で、重い商品を積んだカゴ台車を牽引して運ぶ。さらには、店内をパトロールすることで万引きの抑止力にする。

「ロボットを入れることで売上が上がった、ロスが減った。そう言ってもらえるようなパッケージを、お客さまと一緒に作り上げていきたいですね」(佐藤さん)。
メーカーが作ったものをそのまま売る「代理店」の枠を超え、顧客の声を吸い上げて機能を実装し、現場にフィットさせる「共創パートナー」へ。キングソフトの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

「技術が進歩してAIがどれだけ賢くなっても、最後に現場を動かすのは『人』の熱量だと思っています。私たちは、自分たちのロボットが一番良いと信じているし、何よりお客さまのことが大好きなんです」。そう語る佐藤さんの目は、1年目で2台しか売れなかったあの日よりも、はるかに強く輝いている。
機能競争の果てにあるレッドオーシャン。そこで勝つための唯一の解は、やはり泥臭いまでの「人」の力だった。