記憶力や判断力などの認知機能が低下し、日常生活に支障をきたす「認知症」。日本に500万人以上いるという認知症患者のケアは、福祉・介護従事者の人材不足も叫ばれる中で喫緊の課題となっている。そんな中、子供や孫のような愛くるしさで患者の心を掴み、記憶を呼び覚ました実績を持つロボットが開発中だ。ペットロボット「aibo(アイボ)」を生み出したソニーグループの見守りロボット「HANAMOFLOR(ハナモフロル)」。彼を「私の夢」と語るのは開発者、ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 技術開発部門の袖山 慶直 氏だ。心に秘めるヒューマノイドロボットへの熱い思いが、福祉・介護分野の大きな礎となるロボットを生み出そうとしている。
HANAMOFLORことハナちゃんは、神奈川県川崎市の特別養護老人ホーム「よみうりランド花ハウス」において、2021年から実証実験が進められている。施設では一人の介護スタッフが複数の高齢者をケアするため、見守りが手薄になりがちだった。そうした状況の中、ハナちゃんはリビングルームに置かれ、子ども視点で接しながら検温や体操を促したり、お話や歌で高齢者とコミュニケーションをとるなど、介護スタッフのパートナーとなって働く。
ハナちゃんの開発者で、HANAMOFLORプロジェクトのリーダーを務めるソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 技術開発部門の袖山 慶直 氏は、「主なターゲットは平均年齢90歳以上でなんらかの認知機能などに障害が出ているような高齢者で、その方々がリビングでくつろぐ際の見守りのお手伝いをしています。ロボットによる見守りと聞くと、通常は目の前で高齢者が転んだりなどしたら通報するといったイメージだと思います。ハナちゃんの場合は、そういう事後報告的な見守りではなく、そもそも転んだりしないように能動的に高齢者を見守る役割を目指しています」と説明する。
可愛らしい子供の声と、左手のタブレットで楽しくおしゃべり
能動的な見守りとは、具体的にはどういうものなのか。例えば、認知症を患った高齢者は、急に不安な気持ちになって車椅子から立ち上がって歩こうとしたり、大きな声を出したりする。ハナちゃんはそうした高齢者の気持ちが不安定にならないように、時々近くに行って声をかけ、話し相手になったり、クイズを出したり、一緒に歌をうたおうとすることでコミュニケーションをとる。そうやって、高齢者にさまざまなコンテンツを届けて喜んでもらうことで、精神的な安定が維持できる。
しかし、認知症を持つ高齢者との会話となると、見守りのハードルが一気に高くなる。最近は生成AIやチャットボットなどが進化しているが、スマホのようなものを渡しておけば解決するわけではない。高齢者は新しい物事への理解が難しく、使い方がわからなくなった途端、会話の対象として存在が認知されないからだ。
袖山氏によると、そういった人たちと話しやすくするためのコミュニケーションの段取りや、会話の進め方には技術があるという。「ロボットが来ました、どうぞ自由にお話しくださいって言ってもみんな困ってしまいます。ハナちゃんは、介護士さんたちも実践しているさまざまな手法を取り入れることで、認知症がある方からも分かりやすくて怖がられないような会話が可能です。さらに、体温センサーやカメラ、マイクなどのデバイスを総合的に活用し、常に相手の表情や体の状態を確認しながらシナリオを進めていきます」(袖山氏)。
川崎市の特別養護老人ホーム「よみうりランド花ハウス」で施設利用者と触れ合うハナちゃん