人の生活圏にまで出没し、深刻な被害をもたらすクマ。全国で相次ぐそのニュースは、もはや他人事ではない喫緊の社会課題だ。従来の猟友会による駆除だけでは限界が見える中、この難問にテクノロジーで挑む新たな動きが始まった。ロボットビジネス支援機構(RobiZy)が「鳥獣被害対策DX部会」を設立し、AIやロボットを活用した持続可能な対策モデルの構築を目指すという。人の命と、野生動物の命。その両方を守るための「第3の選択肢」は、果たして生まれるのか。

全国的にクマの出没件数と人身被害が過去最悪のペースで増加する中、対策の最前線に立ってきたのが地域の猟友会だ。しかし、その活動は会員の高齢化と後継者不足という深刻な課題に直面している。危険を伴う出動への負担は増す一方で、担い手は減少の一途を辿っているのが実情だ。
さらに大きな課題となっているのが、対策が「殺傷」という手段に頼らざるを得ない点だ。一度市街地に出て人を恐れなくなったクマは、再び現れる可能性が高い。そのため、やむなく駆除という最終手段が取られることも少なくない。しかし、その判断は常に社会的な葛藤を生み、現場のハンターたちにも大きな精神的負担を強いている。人的リソースの限界と、殺傷に代わる有効な手段の欠如。これこそが、従来型対策が抱える大きな壁だった。
この状況を打破するため、RobiZyが設立した「鳥獣被害対策DX部会」は、AI・IoT・ロボットといったDX技術に活路を見出す。目指すのは、「クマ出没箇所や被害の予測・予防」、「非殺傷での追払い(撃退)・監視」、「森林環境保全・里山再生」という3つのフェーズにおいて、テクノロジーでこの問題の根本的な解決を図ることだ。
では、テクノロジーは具体的にどのようにクマ対策を変えるのか。部会が目指すのは、単なる撃退に留まらない統合的なシステムだ。AIが出没を高精度に予測して被害を未然に防ぎ、それでも侵入したクマはロボットが非殺傷で追い返す。部会が示すイメージは、まさにSFの世界を現実にするようなものだ。
例えば、クマが市街地に侵入した場合、遠隔操作された四足歩行の「ロボット犬」が現場に急行。狼や犬の唸り声をスピーカーで再生し、クマが嫌う強い刺激臭を噴霧して、安全に山へと誘導する。ドローンもまた、上空からクマの位置を正確に追跡し、安全なレーザーを照射して威嚇することで追い払いを支援する。

これらの技術の最大の利点は、人間が直接クマと対峙する必要がないため、安全性が飛躍的に向上する点にある。また、スーパーマーケットなどに立てこもったクマの様子を、小型ロボットが内部からリアルタイムで中継し、対策本部が状況を正確に把握するといった活用も考えられる。
部会長に就任した株式会社MOGITATeの代表、北河 博康 氏は「単なる技術導入に留まらず、地域住民の方々が真に安心できる持続可能な仕組みを構築してまいります」と語る。この言葉が示すように、テクノロジーの役割は単なる「撃退」に留まらない。AIによる出没予測で被害を未然に防いだり、ドローンによる森林調査でクマの餌となる木の実の豊凶を把握し、里山再生に繋げたりといった、より根源的な対策への応用も視野に入れている。
テクノロジーは、人間と野生動物の間に、殺傷ではない新たな「境界線」を引くためのツールとなり得る。この部会の挑戦は、深刻化する社会課題に対して技術がどのように寄り添い、より良い共存の形を模索できるかを示す重要な一歩となる。
将来的には、人間と野生動物の活動領域をデータに基づいて明確化する「スマート・ゾーニング」への発展も期待される。個体ごとの行動追跡データや環境データをAIが解析し、効果的な緩衝帯の設計や森林管理に繋げる。それは感情論ではなく、科学的根拠をもって持続可能な共存を実現するための新たな処方箋となるはずだ。