家やビル、鉄道や水道、通信や交通に至るまで、日常生活の基盤を支えるインフラ。その裏方にある建設・設備業界では、長年の慣習と構造的な課題により、業界の持続可能性が揺らいでいる。2024年には建設業界での倒産がこの10年で最多となった。そして地方都市を中心に中小業者の存続すら危ぶまれる状況が現実となっている。この課題に立ち向かったのは、株式会社弘栄ドリームワークス 会長 船橋 吾一氏。長年、設備業に従事し業界のリアルを肌で感じた船橋氏が「自分がやるしかない」と創り上げたロボットが、業界に風穴を開ける。(文=木島 日菜子)

株式会社弘栄ドリームワークス 会長
船橋 吾一 氏
住宅設備メーカー勤務を経て1999年弘栄設備工業株式会社入社。2012年に3代目社長に就任し、事業開発やM&Aを進めてグループ12社に拡大。2019年、パイプ探査ロボットなどを扱う弘栄ドリームワークスを創業、現会長。「地方発ベンチャーの成長と地域発展」に尽力している。
建設・設備業界の課題は山積みだ。若者がこの業界を選ばなくなった結果、人材は慢性的に不足し、技術継承は進まずに高齢化が進行。元請企業と下請企業による固定的なピラミッド構造は、下請企業が自ら価値を生み出す余地を封じている。働き方改革によって浮き彫りになった長時間労働、過酷な就労環境も改善が進まず、業界全体が疲弊している。
こうした危機的状況を前にして、「このままでは業界は衰退する」と強く感じたのが、株式会社弘栄ドリームワークスの会長を務める船橋吾一氏だ。「私は山形県にある設備会社の三代目として、若い時から現場を見てきました。その中で、『ただ元請けの指示を待つだけの設備会社にしてはならない』と感じるようになりました」(船橋氏)。それは小さな会社ながらもインフラの専門家としての誇りを胸に抱くがゆえの違和感だった。そして、業界そのものを革新するために、「自らがゼロから価値を作り出す道を切り拓きたい」と決意するに至る。
その想いを結実させたのが、建設業界では前例のなかった“配管点検ロボット”の開発である。ある時、顧客から「壊さずに配管の中を見て、点検・修理できないか」と相談され、答えられなかった一言が、船橋の胸に深く刺さった。「YESと言えないなら、自分で作るしかない」。配管図も設計情報も散逸し、老朽化した建物では配管の位置すらわからない。地面を掘り返して修理するしかない、そんなのは時代遅れだ。自分たちが培ってきた施工・設備知識と、山形大学・立命館大学の技術協力をベースに、ロボットの開発を進めた。
配管点検ロボットの開発当初、会社の役員や社員からは「そんなもの使う人はいない」「うちには関係ない」と冷ややかな声が相次いだ。開発資金も人材も限られる中、そもそもインフラは掘削と修理が当たり前という文化。「壊さずに点検・修理する」という改革は想像以上に難しかった。それでも船橋は「目の前の一人でも助けられないなら、業界全体も助けられない」と信じ、まず社内の文化を変えることから取り組んだ。社員とのコミュニケーションを深め、家族や協力会社もまじえた交流会を開き、自分の想いと会社のビジョンを共有し続けた。そこから社員ひとりひとりが“革命の一員”となり、少しずつロボットのコンセプトが現場の声と融合していった。
妥協せずに試行錯誤を続けた結果、ついに完成したのは、配管内に挿入して自ら進み、カメラ映像とセンサー情報をリアルタイムで収集し異常箇所を特定できるロボット「配管くん」だった。
配管くんⅠ型(引用元:弘栄ドリームワークス)
配管損傷や漏水・腐食などを非破壊で検知するとともに、その移動履歴から配管の新たな図面を自動作成できる機能を搭載。この機能により、建物の設計図が存在しない老朽建築でも、配管の「見える化」が可能となり、「部分修理」「ピンポイント補修」が現実のものとなった。工期や費用を従来の数分の一に圧縮。さらに点検データをクラウドに保存し、関係各社間で共有できるプラットフォームを構築。下請け企業でも、自ら取得したデータを基に元請けや施主と対等に交渉できる仕組みを作り上げた。
![]()
(左)配管内で見たいところの映像を撮影可能 (右)自走による配管内探査の様子(引用元:弘栄ドリームワークス)
このように『配管くん』は単なる機器ではなく、現場発・現場主導のイノベーションであり、まさに設備業が“攻めの業態”に転換する象徴となった。非効率な作業から脱却し、付加価値あるサービスへと業態を変える。その第一歩が、配管という“見えないインフラ”を可視化し、データに基づくメンテナンスへシフトする発想だった。
建設設備業界において長年の課題となっていたのが、老朽化した配管の点検と保守の難しさだった。とくに地下に埋設された配管は、破損や劣化が表面化するまで異常に気づきにくく、発見されたときにはすでに重大なインフラ事故につながっているケースも少なくない。こうした事態を未然に防ぎ、効率的かつ安全に点検・整備を行うことが、業界全体にとって喫緊の課題となっていた。
こうした課題に真正面から向き合い、解決の糸口を提示する存在である。細く入り組んだ配管内に小型のロボットを挿入することで、内部の状態を可視化し、正確な点検を行うことを可能にした。これにより、従来は困難だった配管内部の破損箇所の早期発見が実現しただけでなく、ロボットが取得したデータをもとに配管のマッピングを行い、正確な図面を作成することもできるようになった。
映像と連動した走行経路のマッピングが可能(引用元:弘栄ドリームワークス)
このマッピング機能によって、破損の位置や程度を事前に把握することが可能となり、修繕工事の内容をあらかじめ具体化できるようになった。その結果、不要な掘削作業や人手を大幅に削減し、工事の期間やコストの最適化にも成功。現場への負担を軽減し、持続可能な保守体制の構築に貢献している。
さらに、この技術は水道管の破損や道路の陥没といったインフラ事故の未然防止にもつながっており、配管くんは単なる業務効率化のツールにとどまらず、社会インフラ全体の安全性を高める画期的なソリューションとなっている。
船橋氏の業界を変えたいという想いは強い。「目指しているのは、単なる問題解決のためのツール提供ではありません。技術の力で業界構造そのものを変え、企業が自らの力で未来を切り拓ける環境を整えることです」と船橋氏。建設業向けプラットフォーム「何とかしたいを何とかします!」を本格始動するなど、共創の場づくりにも挑戦している。こうして全国に仲間の輪が広がり、技術・知見・情報を共有できるネットワークを形成する。そうすれば建設設備業界において、どのような顧客ニーズにも応えられる柔軟で強固な体制が築かれていく。単なる下請けではなく、各事業者が自らヒントを得て、商品を開発し、独自の価値を提供できる未来が現実のものとなる。
これまで当たり前とされてきた“業界のピラミッド構造”を変え、誰もが自立し挑戦できる建設設備業界の新しいかたちをつくる。そこで重要になるのは、中央に限らず地方にも埋もれていた企業が力を発揮できる環境を整備することだ。地域に根ざした企業が、それぞれの強みを活かして活躍することで、地域経済の活性化や地方創生にも寄与していけるだろう。
配管という目立たない領域に注目し、ゼロからロボットを作った船橋氏。単に自社の存続をかけただけでなく、建設設備業界そのものの体質を変えようとしている。技術革新を進める勇気、それを現場の声に基づいて進める誠実さがあってこそ、変革は現実になる。未来の建設業は、人とロボットが協働し、技術とデータと創意工夫が融合する世界であるはずだ。建設業界の構造的課題に立ち向かう挑戦は決して容易ではないが、その第一歩を自ら切り開いたエピソードには勇気を貰える。同社の歩みが、業界を、地域を、そして社会を変えていくことを楽しみにしたい。