1. RoboStep TOP
  2. ロボット業界の今を学ぶ
  3. 【連載】ソフトロボティクス最前線~“やわらかい”ロボットが拓く未来(第3回)

2025.03.24

【連載】ソフトロボティクス最前線~“やわらかい”ロボットが拓く未来(第3回)

東京国際工科専門職大学 工科学部 情報工学科 ロボット開発コース 西田 麻美 准教授に「ソフトロボティクス」について解説いただく連載もついに最終回。今回はソフトロボットの「活用」について解説いただきます。

連載が未読の方は是非第1回第2回もご覧ください。

東京国際工科専門職大学 工科学部 情報工学科 ロボット開発コース 准教授 西田 麻美

電気通信大学大学院 電気通信学研究科 知能機械工学専攻博士後期課程 修了。博士(工学)。 大学教員のかたわら、代表取締役として株式会社プラチナリンクを設立。メカトロニクス・ロボット教育および技術コンサルタントを専門に、人材育成支援に取り組む。自動化推進協会 常任理事技術委員長、電気通信大学一般財団法人目黒会 理事技術委員長などを歴任。日本設計工学会 武藤栄次賞Valuable Publishing賞、関東工業教育協会 著作賞、日本包装機械工業会 業界発展功労賞、一般社団法人日本・アジア優秀企業家連盟 アントレベンチャー賞、日本機械学会教育賞受賞など各方面で受賞実績多数。

最終回では、ソフトロボティクス分野の発展とビジネスの可能性を引き出す取り組みについて、研究・開発・商品化・起業とソフトロボットに単独で長年向き合ってきた自身の経験をもとに論じたいと思います。

ソフトロボットの市場と動向

ソフトロボットの市場規模は年々増加の一途をたどっています。大きなマーケットとしては、がっちりとした材料で構成された堅牢な硬いロボット(以下、硬質ロボットと呼ぶ)では人やモノを傷つけてしまうような領域、例えば、繊細なアクション・アプローチが求められる医療・医用工学分野、続いて、柔軟工作物の把持(または加工)が難しいとされる食品・農業分野などで実用化が進んでいます。また、ソフトロボットは、柔軟に形をかえながら動くことができることから、人が介入できないような宇宙や災害などの過酷な領域において、ビジネスの活路が見出されはじめています。さらに、「やわらかい」クッション性で衝撃を吸収するという性能は、見た目だけでなく、物理的にも人の不安や心配を解消し、安心感を与える要素の一つです。この潜在力を有するソフトロボットは日常生活に普及する可能性も高いでしょう。

ここで、ソフトロボットの発展やビジネスの可能性のヒントを紐解くために、今一度、硬質ロボットとソフトロボットの構成や振る舞いにどのような違いがあるのか考えてみましょう。

硬質ロボットとソフトロボットの違い

硬質ロボットは、機械工学、電気電子工学、情報工学といった固有の基礎技術を三位一体のメカトロニクスとして組み合わせ、ロボットに応用して発展してきたという背景があります。個々の固有技術は、それぞれ異なる性質を持っており、各専門領域で培った技術を「横断的」に結びつけてシステムとして構築することを基本としています。

一方で、ソフトロボットは、機能性材料、生体工学、生物化学など多様な分野にメカトロニクスというスパイスを織り交ぜて(共存し合って)発展を遂げてきているという分野です。硬質ロボットの技術領域の結びつきを「横断的」・「総合的」と言うならば、ソフトロボットにおいては「合併的」・「同化的」というようにも表現できるでしょう。(図1を参照)

図1 硬質ロボットとソフトロボットの学問領域

例えば、代表的な硬質ロボットである「産業用ロボット」では、メカトロニクスの技術や知識は不可欠です。リンクや歯車といった機構によって付加価値を形成し、これに、電気や情報(制御)技術を組み合わせることによって、さらに高度で高付加価値なサービスが提供できます。

要素技術の組み合わせ次第では、複雑なシステムを効率的に精度よく、設計・運用することも可能です。(図2(a))

これに対して、骨格というガイダンスなしで動くソフトロボットに「アメーバロボット」があります。アメーバロボットは、電場によってやわらかい生体を変形させながら動きつつ、さらに、その体は、アクチュエータやセンシング機能でもあって、なおかつ、情報処理能力も併せ持つ、というようにパラダイム(支配的な枠組み)が包括的で、その運動形態は相互同期作用に基づいています。(図2(b))

図2 ロボット構成の違い(イメージ図)

さて、読者のみなさまは、「アメーバから人間まで」という表現があるのをご存じでしょうか。アメーバ(単細胞/脳無し)は、人(賢い)の対極にあるという意味合い(たとえ)で使われています。しかし、本当のところは、どうなのでしょう。アメーバは脳無しでも迷路を最短ルートで解けることが証明されており、学習もすれば記憶もできることがわかっています。

以上をまとめると、硬質ロボットは、賢い脳で複雑なボディを制御することができます。AIによってロボットがより賢くなるシンギュラリティ※も秒読みで、高度な機能が増えたり、より性能を高めたりと、その効果によるベネフィットも期待できます。一方で、ソフトロボットには、知能があるような振る舞い(動作)は、脳がなくてもできるという、新たなものの見方、考え方(知性や感性)、メリットを提供する可能性を秘めています。

このように、人の価値とはあくまでも主観的で、ビジネスでは、無意識的にコンテクスト(背景や文脈)を読んで対応することがあります。つまり、「軟体(やわらかい)」の価値を働きかける土台、その演出を高めることがソフトロボティクスの発展にとって有効的ではないかと思います。

※シンギュラリティ:人工知能(AI)や他の技術が人間の知能を超える転換点のこと。技術的特異点という。

ソフトロボットの発展に寄与する「教育」と「評価基準・規準」

ソフトロボットの発展には、若手の輩出や後続者の育成・教育が不可欠です。昭和の大経営者である松下 幸之助 氏の「文化は教育によって伝承されるべきもの」という言葉通り、発展と教育は、直接的で密接な関係を持っています。

しかし残念ながら、硬質ロボットの対角に位置付けられるソフトロボット教育を授業に取り入れている教育機関・アカデミアは希少です。将来においては、これらを包括した体系的なシラバス(学習指導要領)の開発と確立、また、広義的に教授できる人材と環境の確保が望まれるでしょう。

ちなみに、「やわらかい」と一言でいっても、素材、構造、機能、見た目(感性)のやわらかさ、と様々な「類」があります。例えば、素材・構造は硬質で、やわらかい機能を持つソフトロボットもあります。一見すると、やわらかな体ではないため、「ソフトロボットといえるのか」とつまみだされるかもしれません。

また、機能として「しなやかに」動くソフトロボットだとしても「しなやか」と「やわらかさ」の関係が明らかにされない以上、自称ソフトロボットとなってしまいます。ソフトロボットには、分類と定義、目的や位置づけの明確な確立が必要で、教育を形成する上では、解決しなければならない課題だといえます。教育とは伝達という行為で、伝達とは、その価値をより伝える活動を指します。各類のソフトロボットが不透明であれば、伝達ができないのと同じです。

そして、もう一つの課題は、ソフトロボットを評価するための「基準」と手本となる「規準」、つまり、「ものさし」の設定です。現在のソフトロボットは、硬質ロボットと同じ尺度、基準で評価されているため、機能や性能の優劣に対する評価が曖昧で、妙な違和感を抱いています。これについては、専門家、有識者の意見を収集して慎重に議論する必要があります。

ただ一つ言えることは、評価基準が整備され、明確化・透明化になると、ソフトロボット自身の意義も明確になり、ビジネスの発展を後押しする全体的なモチベーションの向上にもつながるでしょう。

おわりに

いかがでしたか。今回は、「ソフトロボットの発展と実用化のポイント」として、あまり語られていない部分を独自の切り口で論じてみました。やわからい素材やロボットの作り方も様々です。多くの方にソフトロボットをもっと知ってほしい、取り組んでみてほしい、その参考の一助になればなによりです。

関連リンク