製造業を産業別で比較した際、最も人手がかかっているのは食料品製造業だ。さらに惣菜製造業においては、特に機械化が遅れていて、そのレベルは製造業平均の約3分の1程度にとどまる(※)。全食品製造業の労働者約120万人のうち、およそ半数が惣菜製造に従事。そのおよそ半数が盛付工程に従事している。本来、この工程を機械化したり、AI・ロボット活用できたりするのが理想だが、高い重量精度と品位が求められるなど技術的難易度が高く、採算がとれる解がないとされてきた。この難題に挑み、着実な成果を生み出し始めているのが、一般社団法人日本惣菜協会だ。「ロボフレと合本主義」による廉価なシステム実現に会員企業が一枚岩となって取り組んでいる。同協会のAI・ロボット推進イノベーション担当 フェロー 荻野 武 氏に、取り組みの狙いと現在地を聞いた。(文=RoboStep編集部)
(※)経済産業省「令和2(2020)年6月1日現在で実施した工業統計調査による
一般社団法人日本惣菜協会
AI・ロボット推進イノベーション担当 フェロー
荻野 武 氏
まず、日本が直面する重要な社会課題について考えてみましょう。経済の長期的低迷・グローバル化の進展、環境問題、戦争問題などさまざまな課題に直面していますが、人口減少・高齢化による労働力不足は避けることができない喫緊の課題です。この15年の間におよそ500万人が減少したと言われています。
日本を代表する産業である製造業において、最も人手がかかっているのが食料品製造業です。労働力不足の影響が大きい製造業と言うことができるでしょう。
出典:経済産業省「令和2(2020)年6月1日現在で実施した工業統計調査(荻野氏プレゼンテーション資料より引用)
従業員数別事業所の割合でみると、食料品製造業は中小零細企業がほとんどです。2023年11月農林水産省の「食品産業の生産性向上・事業継承について」によると、従業員数300人以下で97%。1,000人以下にまで広げると、99%が中小零細企業です。当協会の調べでは、全食料品製造業従事者の半数が、惣菜製造に従事しており、99%中小零細企業です。資本金が大きくなれば、営業利益率や労働生産性(従業員1人当たりの付加価値額)はいずれも増加傾向にあるのですが、中小零細企業においては、まずこの点が大きな課題となります。
出典:2023年11月農林水産省 食品産業の生鮮性向上・事業継承について(荻野氏プレゼンテーション資料より引用)
前置きが長くなってしまいましたが、ようやくここで質問への回答になります。食品製造で最も機械化が遅れているのが、惣菜、弁当製造の領域です。
出典:経済産業省「令和2(2020)年6月1日現在で実施した工業統計調査」(荻野氏プレゼンテーション資料より引用)
国や官公庁もここに強い問題意識を持っています。例えば経済産業省においては、ロボフレ タスクフォースにおいて、ロボット化の対象として製造業においては「惣菜盛付作業の機械化」を一丁目一番地として決定。農林水産業は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のNEDOイノベーション戦略センターとさまざまな業種のボトルネックの工程整理により、惣菜の盛付工程や魚の小骨除去、ホタテのひも除去などが自動化ニーズの高い工程と結論づけています。
惣菜製造には、材料の準備や洗浄、カット、加工といった前工程(加工)、容器投入、盛付、蓋閉めといった盛付作業、検査、ラベラー、移載、仕分けといった盛付後工程があります。惣菜製造全従業員のおよそ半数が盛付工程に従事しており、この工程を自動化することは労働力不足を解決する一つの糸口になると考えています。
実際、当協会所属の約300社に調査を実施したところ、7割の惣菜製造企業が盛付工程の機械化を望んでいることがわかりました。
荻野氏資料より引用
当協会では、盛付工程で機械化したい作業をさらに12に因数分解し、1つずつ開発、現場実装をしていきました。グラフで黄色く示した部分が、23年度までに開発、現場実装が完了したもの、緑が24年度に開発、現場実装が完了する予定のものです。
荻野氏資料より引用
惣菜製造はロボット化・機械化が困難な業界とされてきました。先ほどお伝えした通り、食料品製造業は中小零細企業がほとんど。人、もの、お金、情報すべてが充実しているとは言えません。生産技術者がいない企業がほとんどで、いても1人だったり、ITインフラやユーティリティの多くは古いままだったり、内部留保がなく余裕資金がなかったり、ロボット化・機械化に関する情報もなかったりするのが実情です。
こうした実情に加え、機械化の実現性、全体最適、運用の難しさや、個社の開発ではROIが成立しないなど、どんなに思いがあっても難しい現実があります。多くの企業が、ロボット化・機械化を諦めている状況でした。
荻野氏資料より引用
1社で難しいなら、業界全体がOne Teamとなれば限界を超えられると考えました。具体的には「ロボフレと合本主義」でこれまでの不可能を可能にすべく、取り組みを進めています。具体的には、複数の惣菜メーカーの共通課題を抽出し、資本を合本、その課題に最も適したトップ企業がOne Teamとなり開発をするというモデルです。
出典:経済産業省ロボフレ資料(荻野氏資料より引用)
研究、設計・開発といっても、分解するとさまざまなレイヤーがあります。これを一つの会社で実現しようとしても、コスト高になってしまうのは言うまでもありません。
日本惣菜協会では、志を共にし、信頼し合う51社と「食品TC」と名付けられたコンソーシアムを、経産省の協力の下、RRI(ロボット革命・産業IoTイニシャティブ協議会)に構築しています。
お互いの得意な技術や知見を持ち寄り、ロボットシステムの開発、ロボット化の全体最適化の実現を目指し、さまざまな取り組みを目指しているわけです。開発した食品メーカーがノウハウを独占するのではなく、業界全体で成果を共有し、惣菜製造の機械化を加速していこうと考えています。
食品TCコンソーシアムは、誰にでも門戸を開いているわけではありません。我々が掲げる志、理念に共感し、人手不足のない世界を創造するために、利他の心を持ち活動いただける企業の皆様と取り組んでいます。
先ほども述べたとおり、2021年度から24年度にかけて、かなりの成果が出ています。これまでのべ51社の惣菜・弁当メーカーと、のべ59社の開発ベンダーと協創により、惣菜盛付の全工程をロボット化し、実装する世界が着実に近づいています。
荻野氏資料より引用
将来的に、中小零細企業の誰もが使える惣菜盛付ロボットシステムを目指し、一歩一歩着実に歩を進めています。これが実現できるのは、まさに志や理念を共にしているからであり、利他の連鎖が起こっているからと自信をもって言えます。
荻野氏資料より引用
直近の2024年度の取り組みだけでも、7つの取り組みが形となりました。
荻野氏資料より引用
多くのロボットを社会実装していくためには、まだ課題は山積みです。ロボットは単に開発すれば終わりではなく、システムを販売する人、設置、教育、保守する人も必要です。全国に活動の裾野を広げるためには、地域のシステムインテグレーターの皆様にも是非仲間に加わっていただきたいですね。装置を量産するための装置製造の会社や、部品メーカー、要素技術開発のための大学やスタートアップなど、まだまだ多くの皆様のお力が必要です。取り組みを発信するRoboStepのようなメディアの存在も必要ですよ(笑)。
私たちは、今後システムの価格をさらに廉価にしていきたい。そのためにはシステムのプロダクト化、量産化に加え、すべてのサプライチェーン、バリューチェーンを見直す必要があります。また、台数がそれほどでないロングテール市場だからこそ、ニッチなロボットシステムが廉価に実現できる新しい標準ロボットモジュールが必要であると考えています。
経済産業省資料に荻野氏が作図(荻野氏資料より引用)
当協会の挑戦は始まったばかりです。日本が直面する課題を解決すべく、今後もOne Teamでチャレンジし続けます。
日本惣菜協会 荻野さんとの出会いは、2024年秋に開催された「令和6年度埼玉ロボティクスセミナー(フード編)」の取材でした。困難と言われた食品製造分野において、加速度的に成果を上げる取り組みにも驚かされましたが、何より編集部が共感したのは「ロボットフレンドリーと合本主義」という理念です。個社で解決できない業界課題を、One Teamで解決していくことは、言うは易く行うは難し。食品TCコンソーシアムを中心に、理念のもとに結束し、課題を一つ一つ解決していくプロセスは、食品製造に限らず、ロボットの社会実装を加速させる大事なアプローチではないかと感じました。
同協会には、当社が運営する「JapanStep(共創で日本をステップさせるメディアプロジェクト)」に後援としてご参画いただきました。日本の社会課題を解決し、日本をステップさせるべく、我々も「One for all, All for one.」の気持ちを大切に、共創を進めていきたいと思います。