従来のロボットは、人間があらかじめ教え込んだ指示通りにしか動作できませんでした。これに対し、認知ロボティクスは、環境との相互作用を通じてロボットが自ら学び、成長していく技術です。人間の認知発達過程を参考にした設計思想を持つこの技術は、ロボット開発に新たな視点をもたらすものとして注目を集めています。そして、この学習過程を知る事は、ロボットへのAI活用における前提知識として大事なもの。本記事では、認知ロボティクスの基本的な考え方から、その可能性までをわかりやすく解説します。
(引用元:長井 志江「認知的インタラクションデザイン学」公開講演会資料)
認知ロボティクス(認知発達ロボティクスと呼ぶ場合も)は、従来のように全ての動作を人間が明示的にプログラムするのではなく、環境との相互作用を通じて自ら学習し、成長していく能力をロボットに与えることを目指す技術分野です。人間の赤ちゃんが周囲との関わりの中で学び、成長していくように、ロボットも環境との相互作用を通じて機能を獲得していくことを特徴としています。
端的に言うと人間の脳(神経回路)の計算モデルを構築する事で学習を実現させています。細かく説明してしまうと、深層学習(ディープラーニング)の構造やAI論まで進んでしまうため、ここではおおまかに下記の3つをご紹介します。
・教師あり学習:問題の正解を与えて機械に学習させる。データに正解ラベルをつけることで、データと正解の関連性を学習
・教師なし学習:正解を与えずに学習させる。データが持つ構造や特長を自分で見つけ出しグループ分けを実現。
・強化学習:正解を与えずに機械が試行錯誤して学習する
(引用:FastLabel)
そもそもAI(Artificial Intelligence)=人工知能 は、人間の理解方法や認識、推論といった知的行動をコンピュータに行わせる技術のこと(定義は諸説あり)。上記の学習は、どれも機械に人間のように学習させる事を指すので、AIという概念の中で考える事が一般的です。
(引用:DOORS 入社1年目が教わる「はじめての人工知能」 第6回:人工知能(AI)を支える「機械学習」の手法、韮原祐介「いちばんやさしい機械学習プロジェクトの教本」)
近年、製造現場やサービス業など、様々な分野でロボットの活用が進んでいます。しかし、従来型のロボットはあらかじめ決められた作業しかできず、環境の変化や予期せぬ状況への対応が困難でした。
認知ロボティクスは、この課題を解決する可能性を持つ技術として注目を集めています。特に、AI技術の発展により、ロボットの学習能力や環境認識能力が飛躍的に向上していることも、注目が高まっている要因の一つです。
従来のロボットとの最大の違いは、学習アプローチにあります。これまでのロボットが、人間による詳細なプログラミングに依存していたのに対し、認知ロボティクスでは環境との相互作用を通じた自律的な学習を重視します。
例えば、物体の把握一つをとっても、従来型のロボットは「対象物の大きさに合わせて指を何センチ開くか」「どの位置を、どの程度の力で掴むか」といった動作を、全て人間が事前にプログラムする必要がありました。
一方、認知ロボティクスを応用したロボットは、実際に物を掴む経験を重ねる中で、物体の形状や重さ、材質に応じて「柔らかい物は優しく」「重い物はしっかりと」など、適切な把握方法を自ら学習していくことが期待されています。
認知ロボティクスは、ロボットの能力を大きく発展させる可能性を秘めています。特に注目すべきは、環境への適応力、自律的な学習能力、人間とのコミュニケーション能力の3点です。
認知ロボティクスを搭載したロボットは、予測誤差の最小化という原理に基づき、環境の変化を認識し、それに応じて行動を調整することができます。例えば、作業対象の位置や形状が変わっても、状況に応じた適切な動作を生成できる可能性があります。
この新しい技術を実装したロボットシステムは、従来のロボットのように人間の指示を受けつつも、自らの経験を通じて機能を獲得し、改善していく能力も持っています。これにより、プログラミングだけでは対応が難しかった複雑な作業についても、徐々に習熟していくことが期待できます。
認知ロボティクスの考え方を取り入れた知能システムでは、他者の行動を理解し、それに基づいて適切に反応する能力の開発が進められています。これにより、人間の意図をより正確に理解し、適切な支援を提供できる可能性があります。
認知ロボティクスの特徴である環境適応能力と学習能力は、様々な分野での活用の可能性を示唆しています。ここでは、認知ロボティクスの特性を活かせる代表的な分野について見てみましょう。
(引用元:MFG Hack)
多品種少量生産や、頻繁な製品仕様の変更が求められる現代の製造現場では、従来型の固定的なロボットシステムでは対応が困難なケースが増えています。認知ロボティクスを応用したロボットは、製品の形状や作業手順の変更に対して、経験を通じて徐々に適応していける可能性があります。
例えば、新しい部品の組立方法について、人間から受けた基本的な指示をベースに、試行錯誤を重ねながら自ら学習し、作業を最適化していくことが考えられます。
(引用元:日本電信電話ユーザ協会)
サービス業では、状況に応じた柔軟な対応が求められます。認知ロボティクスの特徴である環境認識能力と学習能力を活かすことで、利用者の行動やニーズに応じたサービスの提供が可能になるかもしれません。
特に、人の動きや表情から意図を理解し、適切なサポートを提供する能力は、サービス分野での活用において重要な要素となる可能性があります。
(引用元:シニア活用.com)
医療・介護の現場では、患者や利用者の状態に応じた細やかな対応が必要です。認知ロボティクスの技術を活用することで、個々の状況を理解し、適切なケアを提供できる可能性があります。
特に、人との自然なコミュニケーションを通じて信頼関係を築きながら、支援を提供できる点が注目されています。
認知ロボティクスを搭載したロボットを導入する際は、いくつかの重要なポイントや課題についても理解しておく必要があります。
導入初期段階では、ロボットの学習に時間がかかる可能性があります。人間の赤ちゃんが成長していくのと同じように、環境との相互作用を通じた学習には一定の期間が必要です。また、学習の質を確保するために、適切な環境設定や指示方法の検討も重要です。
ロボットの学習過程では、予期せぬ行動が発生する可能性があります。安全性の確保と学習の自由度のバランスを適切に取ることが重要です。また、人間の作業者との協調を考慮した運用計画の策定も必要になるでしょう。
認知ロボティクスを効果的に活用するためには、技術を理解し、適切に運用できる人材の育成が不可欠です。特に、ロボットの学習をサポートし、必要に応じて適切な指示を行える人材の確保が重要になります。
認知ロボティクスは、ロボットに人間のような学習能力を与える新しい研究分野です。AI技術の進歩も相まって、環境との相互作用を通じて学び、成長していく能力の実現に向けた取り組みが続いています。
現時点では研究開発段階の技術が中心であり、実用化にはまだ時間を要します。しかし、人間の認知発達過程の解明が進むにつれて、より効果的な学習メカニズムの実現が視野に入ってきています。各企業は、この技術の動向を注視しつつ、長期的な視点で活用可能性を探っていくことが重要でしょう。