今から十年以上前のことですが、中国の飲食店では店員が店内でガラケーことフィーチャーフォンを弄っている姿をよく見かけました。これは何も勤務中にさぼっていたというわけではなく、客の注文を取るのにガラケーを使っていたのです。
こうした飲食店では型落ちしてほぼ無価値となったガラケーをまとめて調達し、既存の通信機能を残しつつ中のソフトウェアを改造して使っていたようです。この改造ガラケーにフロアスタッフがメールを打つようにオーダー情報を入力することで、情報が厨房、果てにはレジにも伝わるようになっていました。
この中国での思わぬ型落ちガラケーの活用法を見て筆者は、既存端末をうまく流用していることに感心するとともに、日本だったらついつい専用端末を作ってしまうのではと思いました。しかもその専用端末も、自社専用の端末+ソフトウェアとして一から開発するケースが多いだろうとも思い浮かべました。
少なくともこの中国の例のように、型落ちガラケーを本来の機能とは別の用途へ既存通信機能を流用しようという試みは、ついぞ日本で見ることはありませんでした。
担当ライター 花園祐(はなぞの・ゆう)
中国・上海在住のブロガー。通信社での記者経験を活かし、経済紙などへ記事を寄稿。独自の観点から中国のロボット業界を考察する。好きな食べ物はせんべい、カレー、サンドイッチ。
そんな中国もあれから時代を経て、さすがにこうしたガラケーを使って注文を取りに来る場面はもう見なくなりました。それどころか、店員がいちいち注文を取りに来ること自体がなくなってきています。
現在、中国の大半の飲食店では小規模店舗を含め、テーブルなどに貼ってあるQRコードで注文を取るのが一般的です。これは日本では飲食チェーン大手のサイゼリヤが行っている方式と全く同じもので、客自身がスマートフォンでテーブルにあるQRコードを読み取ってミニプログラムへと飛び、その中で注文するという形式です。
ただ中国の場合はスマホで注文した後、そのまますぐ電子決済画面へと移るので、お会計まで一緒に済ませられるお店が大半です。そのためお店に入ってから出るまでの間、店員との接触といえばテーブル案内と料理の配膳くらいなもので、フロアスタッフの省力化が徹底されています。
中国の飲食店でよく見られるテーブル上の注文、決済用QRコード(ぼかし処理済み)
こうした中国の飲食店におけるDXこと電子化プロセスを見るにつけ、中国人はソフトウェアの活用がうまいと思うとともに、ハードウェアにこだわらない姿勢をよく感じます。筆者自身は日本人であることから、何か業務の電子化を検討するとなると、「まずどんなハードウェアを用意すべきか」などと、自然とハードウェアを中心に物事を考えてしまいます。
このようなハートウェアを中心とする価値観は、筆者に限らず多くの日本人に共通する傾向ではないかとも思います。一例を挙げると、中国でスマートフォンによる電子決済が普及し始めた時期に日本の友人に中国の状況を伝えたところ、「でもQRコードの読み取りに必要な端末への投資が必要なのでは?」という返事をされました。現実には中国の電子決済は先の飲食店の例のように、シールなどに印刷したQRコードを客のスマートフォンに読み込ませて電子決済を行う形式が主流であり、店舗側が読み取りに使うハードウェアなどは必要ありません。しかしこの時の友人のように、何か機能やサービスを追加するに当たっては新たなハードウェアを追加する必要があると日本人は考えがちで、ソフトウェア中心で物事を考える人は中国と比べるとやや少ない気がします。
概して、日本人はハードウェアに対するこだわりが強く、一つの機能(サービス)に対して一つのハードが必要と考えがちであるように見えます。逆に中国人はというと、ソフトウェアで解決できるのならハードウェアをあっさり放棄する、または既存端末を流用しようとするなどソフトウェアをより中心に考える傾向があり、効率化においてはこっちの方がより柔軟であると認めざるを得ません。
もはや製造大国と呼ばれEVやロボット産業で日本を先行する中国ですが、以上のようにハードウェアとソフトウェアで言えば、ソフトウェアの方をより重視する傾向があるように思います。これはIT業界に限らずものつくりの現場ことメーカー企業においても同様です。
例えば中国メーカーはその製品をアピールする際、ハードウェアの性能だけでなく、ユーザビリティやアプリ機能といったソフトウェア方面の優位を誇示することが多いと感じます。これはコンシューマー製品に限らず産業機械などのB2B商品でも同じで、ソフトウェアの汎用性やプラットフォーム機能の充実ぶりが喧伝されているのをよく見ます。
筆者自身は日系企業がソフトウェアを軽視しているとは思ってはいません。ただハードウェアに対するこだわりがやや強いせいか、どうしてもハードウェアを優先して考えてしまい、より低コストとなるソフトウェア活用のチャンスを見逃してしまっているのではと思う節があります。
こうした日本人のハードウェアに対する強い意識は、その高い品質や画期的な機能の実現に貢献していると考えられます。それだけに、もっとソフトウェア活用に対する意欲や知見も持つことができれば、その製品価値をより高めるチャンスをさらに掴み取れるのではとかねがね感じています。
一口に製造業と言ってしまうと、ソフトウェアとは無縁とまではいかずとも、それとは対極的な業界であるように聞こえがちです。しかし現代においては、製造業だからこそソフトウェアを充実する必要性があると言えるでしょう。
以上のような見解から筆者は、日系メーカーの経営者においてはただハートウェア性能を追及するだけでなく、ソフトウェアに対する知見や追求をこれからより深めていく必要があるのではないかと思います。ハードウェアとソフトウェアで、どちらかに偏ることなく両輪で駆動する戦略こそ、これからの製造業において求められてくるでしょう。