硬い金属製のボディが一般的だったロボットの世界で、今新しい潮流が生まれています。それが「ソフトロボティクス」です。生物のようなしなやかな動きと、環境に応じて形を変える柔軟性を持つこの技術は、これまでのロボットでは難しかった作業を可能にし、産業界に新たな可能性をもたらしています。
産業用ロボットと言えば、「硬い金属製の腕で正確な動きを実現する」というのがこれまでの常識でした。しかし、その「硬さ」が、人との協働や繊細な作業の実現を妨げる要因ともなっていました。ソフトロボティクスは、この常識を覆す新しい発想から生まれた技術です。
従来の産業用ロボットは、精密な動作や高い出力を実現するため、金属などの硬い素材で作られていました。一方、ソフトロボティクスでは、シリコンやゴムなどの柔軟な素材を使用し、生物のような柔らかな動きを可能にします。この違いは、単なる材質の違いではなく、ロボットの設計思想そのものの転換を意味しています。
食品産業での需要拡大や、人との協働の必要性の高まりにより、従来の硬いロボットでは対応できないニーズが増加しています。また、AI技術の発展により、柔軟な動きの制御が可能になってきたことも、注目が集まる要因となっています。
従来の産業用ロボットでは実現が難しかった作業を可能にし、新たなビジネス価値を生み出すソフトロボティクス。その特徴は、生物の動きを模倣した柔軟な構造と、高度な制御技術の組み合わせにあります。以下では、産業現場で特に注目される3つのメリットについて詳しく解説します。
(引用元:村田製作所)
ソフトロボットの最大の特徴は、扱う対象物の形状に合わせて自身の形を変化させられる点です。
例えば、食品工場での活用が進むソフトハンドは、空気圧で制御される柔軟な素材で作られています。このため、トマトのような傷つきやすい食材や、袋詰めされた不定形な商品でも、包み込むように優しくつかむことができます。
また、粉体を袋に入れたグリッパーも開発されています。袋に送り込む空気の量を調整することで、グリッパー全体の硬さを自在に変化させることができます。柔らかい状態で対象物に接触させた後、空気を抜くことで形状に合わせて硬化し、さまざまな形状の物体を確実につかんで持ち上げられる技術です。このような順応性の高さは、多品種少量生産や、製品の形状が一定でない生産ラインでの活用を可能にします。
(引用元:WIRED)
ソフトロボットは、ミミズやヘビ、タコの触手など、自然界の生物の動きを模倣することで、従来のロボットでは実現できなかった作業を可能にします。
例えば、ミミズの体が波のようにうねって前に進む「蠕動(ぜんどう)運動」を模倣したロボットなどがあります。このロボットは、体をくねらせながら進むミミズのような動きで前進できるため、細い配管内も自在に移動可能です。さらに、内部にカメラを搭載することで、配管内の点検や災害現場での探索活動にも活用できます。
また、人間の筋肉構造を模倣した人工筋肉の開発も進んでいます。細い特殊ワイヤーを束ねて空気圧で制御することで、人間の筋肉のような自然な動きを実現。この技術は、精密な組立作業から介護支援まで、幅広い用途での活用が期待されています。
(引用元:知財図鑑)
従来の産業用ロボットは、安全確保のために人間から隔離された環境での稼働が基本でした。一方、ソフトロボットは衝突時の衝撃を吸収できる柔軟な構造により、人間との接触時の安全性が格段に高まります。
例えば、シリコンやゴムなどの柔軟な素材を使用することで、万が一の接触時でも重大な事故を防ぐことができます。また、センサーと組み合わせることで、接触を検知して即座に停止するなどの安全機能も実装可能です。これにより、完全な隔離なしでの協働作業が実現でき、生産現場での人とロボットの新しい関係性を築くことができます。
ソフトロボティクスは、その柔軟性と安全性を活かし、さまざまな産業分野での実用化が進んでいます。特に、従来の産業用ロボットでは対応が難しかった現場で、新しい価値を生み出しています。
食品工場では、形状の不揃いな野菜や果物、柔らかいパンや菓子など、傷つきやすい商品のピッキング作業にソフトロボットの導入が進んでいます。空気圧で制御されるソフトハンドは、対象物を包み込むように優しくつかむため、品質を損なうことなく効率的な作業が可能です。
また、電子機器の組立現場では、繊細な部品の取り扱いにソフトロボットが活用されています。力加減を細かく調整できる特性を活かし、微細な部品の組立やケーブルの配線作業なども安全に行えます。
医療分野では、生体組織に優しい柔らかい素材を使用したソフトロボットの開発が進んでいます。従来の金属製の手術器具では難しかった繊細な手術や治療も、周辺の組織を傷つけることなく安全に行えるようになってきました。
また、介護の現場では、装着型の支援機器への応用が注目されています。例えば、人工筋肉技術を活用したパワーアシストスーツは、介護職員が装着することで重い負担のかかる作業を軽減できます。従来の硬い機械的な構造に比べ、より自然な動きをサポートできる点が特徴です。
配管やダクトの点検では、ミミズの動きを模倣したソフトロボットが活躍し始めています。細い管内を自在に移動しながら内部を撮影し、人が入れない場所の状態を確認できます。耐久性が高く、万が一の故障時も管を傷つける心配がない点も大きな利点です。
また、災害現場における探索活動での利用にも期待が集まっています。瓦礫(がれき)の隙間など凹凸の激しい場所でも柔軟に移動でき、要救助者の発見に貢献できる可能性があります。宇宙探査の分野でも、惑星の未知の環境に対応できるソフトロボットの研究が進められています。
ソフトロボティクスは、これまでのロボット技術の常識を覆し、新しい可能性を切り開く技術として注目を集めています。その柔軟性と安全性は、人とロボットの新しい関係性を築く可能性を秘めており、今後さらなる発展が期待されています。
技術的な課題は依然として存在するものの、AI技術との組み合わせや新素材の開発により、着実に実用化への歩みを進めています。製造現場での活用はもちろん、医療・介護、災害対応など、私たちの暮らしにより身近な場面でも、ソフトロボティクスの活躍は広がっていきそうです。