中国のロボット産業の今を知る連載コラムの最終回。今回も日中間でのオープンイノベーションを推進するアクセラレーター ジャンシン(匠新)の齋藤慶太氏に中国ロボットの最新状況を解説頂く。シリーズ最終回のテーマは、中国で進むロボット業界における産業チェーンの状況だ。最後には、日本のロボットビジネスが目指す方向性についても提言頂いている。是非一読頂きたい。
ジャンシン(匠新) 齋藤慶太
中国エコシステム事情や各業界のトレンドとスタートアップ、BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウエイ)などについて調査・分析を担当。2018年9⽉より北京⼤学および上海復旦⼤学に計1年半留学し、留学期間中に匠新でインターンを経験、その後複数社のインターンを経て21年に⼊社。神⼾⼤学経済学部中国経済専攻卒業。
⼈型ロボット産業の興隆に伴って、中国ではアライアンスが2024年に相次いで誕⽣している。その類型は、⼈型ロボット産業チェーンの川上、川中、川下のいずれかの企業が集中、あるいはそれぞれの企業が集まる産業チェーン特化型と、特定地域の企業が連携する地域特化型の2つに分けられる。
産業チェーン特化型においては、現在までに2つのタイプのアライアンスが確認できている。1つは、2024年7⽉10⽇に正式に発⾜した「⼈形機器⼈場景応⽤連盟(HRAA)」だ。HRAAは、優必選(優必選 科技・UBTECH Robotics)、宇樹科技(Unitree)、智元機器⼈(AGIBOT)、開普勒(開普勒探索機器⼈・KEPLER)、帕⻄尼感知(帕⻄尼感知科技・Paxini)などの⼈型ロボット企業を含む20社余りが集まった。各社の知恵と⼒を集結し、⼈型ロボットの⾰新的な応⽤を共同で多分野において推進することを⽬的としている。オープンで協⼒的な団体としてのみならず、政策、産業、学術、研究、資⾦、利⽤などの⼀体化サービスプラットフォームとして、加盟企業に包括的なサポートとサービスを提供していく考えだ。
⼈形機器⼈場景応⽤連盟(HRAA)の発起時における加盟企業(出所:⼈形機器⼈場景応⽤連盟)
もう1つが、2024年4⽉18⽇に正式に発⾜した「⼈形機器⼈核⼼部件産業連盟(HRCCIA)」である。HRCCIAは、⿍智智能(⿍智智能控制科技・DINGS)、脈塔智能(脈塔智能科技・MYACTUATOR)、蔚瀚智能(蔚瀚智能科技・WE HARMONY)など複数の⼈型ロボット⽤重要部品のメーカー、ソフトウエア開発企業、研究機関、関連産業チェーン企業によって発起。開放的に資源やノウハウを共有し合い、コラボレーションを進めるプラットフォームとして、産業チェーンの川上から川下までの資源を統合し、技術⾰新と標準化の推進を図る。これにより、⼈型ロボットの重要部品について性能と品質を⾼めて⽣産コストを削減し、⼈型ロボットの市場での普及と応⽤を加速させる⽅針。重要部品については統⼀された標準規格がなく、産業チェーン内における技術的連携が不⾜しているなどの問題がある。こうした、業界の発展を制約する課題を解決していくのも狙いだ。
今回のWRCでは、HRCCIAの名義の元、上記でも挙げた加盟企業の3社であるDINGS、MYACTUATOR、WE HARMONYがブースを⼀体化させて共同で出展。モーターや精密減速ギアボックス、⾼精度センサー、関節、そしてハーモニック減速機、アクチュエーターといった、⼈型ロボット⽤重要部品における研究開発の成果を披露している。
⼈形機器⼈核⼼部件産業聯盟(HRCCIA)の加盟社がWRCで共同出展。⿍智智能(DINGS)、脈塔智能(MYACTUATOR)、蔚瀚智能(WE HARMONY)が参加した。(写真:⼈形機器⼈核⼼部件産業聯盟)
地域特化型アライアンスにおいては、特定地域の複数企業が⼀体となり、それぞれの特⻑を⽣かして産業チェーンを形成する。今回のWRCでは北京市、上海市、四川省、広東省、浙江省などの地⽅⾃治体が、それぞれ「⼈型ロボットセンター」という名称の展⽰ブースを設けた。この⼈型ロボットセンターは、地域の関連⾏政部⾨が統括管理しており、地域のロボット関連企業の⼤規模アライアンスに近い存在だ。このようなアライアンスによって企業相互の機動的な連携や協業による発展、⼤幅な業務効率向上などを期待できる。
⼈型ロボットセンターの展⽰ブース。左上から右下にかけて北京市、上海市、浙江省、四川省、広東省(2枚)(写真:匠新、右下は広東省⼈型ロボットセンターの運営企業「智平⽅」による)
今回「⼈型ロボットセンター」を出展した5つの地⽅⾃治体のうち、WRCの開催地でもある北京市のロボット産業は、全国トップ⽔準となっている。北京市委員会常務委員兼北京市副市⻑の⾦偉(ジン・ウェイ)⽒は今回のWRC開幕式で「北京市のロボット産業の総収⼊は2023年に200億元(約4000億円)を超え、同市に拠点を置く企業は400社超」などと公表。その中でも「専精特新⼩巨⼈企業」(「専精特新」 企業は専⾨性、精巧性、特徴性、新規性に優れる中⼩企業で、その中から中国⼯業情報化部が選出した企業を「⼩さな巨⼈」と呼ぶ)が50社あり、全国トップを占めるという。
その北京市は現在、中国ロボット産業の発展の最前線に⽴つ。北京市は2023年11⽉、中国全⼟で初めて国家級の「⾝体性を持つAI(⼈⼯知能)のロボットイノベーションセンター」(北京具⾝智能機器⼈創新中⼼)を⽴ち上げた。北京市の科学技術部⾨が主導し、⼈型ロボットの古株四⼩⿓でもあるUBTECH、⼩⽶(XIAOMI)、製造設備⼤⼿の国有企業である京城機電(JCME)の3社が共同で創設。UBTECHのCTOである熊友軍(ション・ヨウジュン)⽒が代表を務め、⾝体性を持つAIの関連技術、製品開発、及び応⽤エコシステム体系の構築に努めている。2024年4⽉には、等⾝⼤⼈型ロボット「天⼯」を発表した。
同時に北京市は、100億元(約2000億円)規模のロボット産業ファンドを設⽴。2024年初めには、⽬標規模が100億元の北京ロボット産業発展投資ファンドを北京経済技術開発区にて登録している。今回のWRCにおいても、同開発区では今後、50の応⽤シーンを対象としたモデルプロジェクトを実施していくと発表した。
北京ロボット産業発展投資ファンドもWRCにおいて展⽰ブースを設けた(写真:国有系資産管理会社「⾸程控股」)
北京市と並んで中国を代表する⼤都市である上海市は2024年5⽉、国家政府と地⽅政府が共同で設⽴した⼈型ロボットイノベーションセンター「国家地⽅共建⼈形機器⼈創新中⼼」を開設。2024年7⽉に上海で開催されたWAIC(世界⼈⼯知能⼤会)では、幅広い応⽤を想定した⼈型ロボットのオープンソースモデル「⻘⿓(OpenLoong)」を初めて公開。OpenLoongはハードウエアの性能において国際的にトップレベルに達しているだけでなく、⾝体性を持つAI技術の統合と応⽤においても、独特の競争優位性を⽰しているという。
直近で最も⽬⽴った動きは、⼈型ロボットの⾝体性を持つAIに関する標準規格を、同センターが主導して中国で初めて制定したことだ。同センターは2024年10⽉28⽇、「⼈型ロボットの分類と等級別応⽤ガイド」「⾝体性を持つAIのスマート化発展段階等級分類ガイド」という2つの団体基準を発表した。これらの団体標準規格の起草には、本連載の第3回でも紹介した⼈型ロボット企業のAGIBOTが参画している。「⾝体性を持つAIのスマート化発展段階等級分類ガイド」は、まさに同社が発表した技術ロードマップをベースとして採⽤している。
中国初の「⼈型ロボットの⾝体性を持つAI」に関する標準規格を発表。国家地⽅共建⼈形機器⼈創新中⼼で。(写真:国家地⽅共建⼈形機器⼈創新中⼼)
同センターの総経理である許彬(シュー・ビン)⽒によれば、現在⼈型ロボットのトレーニング場を建設中で、2024年末までにその基礎施⼯が完了する⾒込みだ。このトレーニング場は100台の⼈型ロボットを導⼊してトレーニングを実施するほか、同センターの団体標準規格をより効率的に⼈型ロボット製品へ反映していくための活動を予定している。さらに今後、中国全⼟に数カ所のトレーニング場を設⽴し、統⼀標準規格のもとで⼈型ロボットのデータ⽣成や応⽤シーンへの実装などを進めていく。
こうした中国の人型ロボット産業の発展状況を踏まえて、日本のロボットビジネスが人型ロボットにおいて目指すべき方向性を2つ示したい。
1つは、中国の他社製品の活用によるコスト優位性の確保だ。産業ロボットすべてに必要な三⼤基幹部品(コントローラー、サーボモーター、減速機)は確かに日本企業のものが依然として相対的に優れていると言える。しかし、人型ロボットのような新たな形態のロボットには、新たな部品やモジュールが必要となる。それらを更に日系企業が資金、人力、時間をかけてゼロから研究開発を行うよりは、圧倒的なスピード感の研究開発力とコストパフォーマンスを誇る中国企業がすでに成熟した製品を揃えている。彼らの製品を直接調達し採用することで、ロボット完成品の全体投入コストを低下させ、国際競争において初めて価格の優位性を得ることができるだろう。
もう1つは、新たな応用シーン(企業向けでは、自動車製造や物流を主とするシーン、消費者向けではレストランやリテールを主とするシーン)における実装を想定した、大規模AIモデルを主とするAIとデジタル自動化技術(クラウドコンピューティング、ビッグデータ分析、5Gモバイルネットワークなど)の結合の試みだ。人型ロボットの導入による労働力の補填および自動化は、生産力の向上につながる。それは、導入先の業界に対しても産業アップグレードといった形での成長の機会をもたらすことになる。そのために必要なのが、ヒューマン・マシンコラボレーションを安全かつ効率的に実現するためのAIシステムの開発だ。中国企業は、スタートアップを含めて、この部分を担う存在が比較的多く、かつ彼らのソリューションは優れたものが目立つ。加えて、企業間連携やオープンイノベーションが積極的に展開されており、技術の共有と標準規格の制定が産業チェーン内で多角的に行われているのが現状だ。中国企業の製品導入やその製品を組み込んだソリューションの共同構築を通じて、この動きの波に乗ることが、日本のロボット産業にとっては、そのノウハウを得ると同時に、技術競争力を維持するための最も早い道かもしれない。