2024年12月5日から2日間、パシフィコ横浜にて開催された「ロボットワールド」。4つの展示会のうち、近年市場が拡大する「宇宙開発ビジネス展」にも注目が集まった。セミナーでは、「宇宙探査からのAI・ロボティクス技術への期待」と題する講演が行われ、国際宇宙探査センター 吉原亜弓氏、宇宙探査イノベーションハブ 山崎雅起氏両名が最新の動向を語った。本記事は、講演の前半、吉原氏による講演の内容をレビューする。(文=SpaceStep準備室)
まず登壇したのが、国際宇宙探査センター 吉原亜弓氏。文系出身という吉原氏は、国際的な様々な調整や広報などを務める。
「宇宙探査」は月そして月以遠の火星や深宇宙へと人類の活動領域を拡大していくための活動で、「有人探査」及びそれに先行する「無人探査」があると概略を説明。現在進んでいるアルテミス計画を解説した。
人類の月での活動の挑戦は、アメリカ航空宇宙局(NASA)による、月への有人宇宙探査計画「アポロ計画」があまりにも有名だ。1966年から1972年にわたり、1969年のアポロ11号にはじまり、計6回の有人月面着陸と帰還に成功。これまで、12名の宇宙飛行士が月面に降り立っている。アポロ17号による71時間滞在が最長だ。アポロ計画は、アメリカ単独による計画で、当時は政治的な意味合いも多かった。
アルテミス計画は、現在進む新たな有人宇宙飛行(月面着陸)計画だ。アポロ17号以来およそ半世紀ぶりに、再び人類を月面に送り、長期滞在できる拠点を建設。飲み水などの資源を開発し、月での持続的な活度を目指す計画だ。火星有人探査に向けた技術実証も予定している。アルテミス計画は、平和的な目的で宇宙探査を目指す国際的な取り組みとなっており、2024年12月6日現在、日本を含む48か国が署名している。
アルテミスは、ギリシャ神話に登場する月の女神の名前が由来。「アポロ計画」の由来である太陽神アポロンは、アルテミスと双子という関係性にある。アルテミス計画は、女性初の月面着陸達成という点においても注目されている。
下記の図は、アルテミス計画のアーキテクチャを示したものだ。
2022年の「アルテミス1」と呼ばれる最初のミッションでは、無人で月の周辺を飛行するため、新型ロケットSLS(Space Launch System)が打ち上げられた。SLSに積まれた有人宇宙船「Orion」は無人であったが、月面から約100キロメートルまで近づくことに成功。25日半かけて月の周りを周回して、無事地球に帰還した。Orionが飛行した距離はおよそ200万キロ。人が乗ることを想定した宇宙船としては、史上最遠まで到達した。
持続的な月面探査に向けた中継基地として、月周回軌道上に構築される有人拠点として重要な役割を果たすのがGateway(月周回有人拠点)だ。主にISS計画に参加する宇宙機関が参画しており、各モジュールや構成要素の開発を分担している。Gatewayの大きさは、国際宇宙ステーション(ISS)の1/6程度で、将来的には4名の宇宙飛行士による年間30日程度滞在する計画だ。火星有人探査に向けた拠点としての活動も期待されている。
アルテミス計画の第2弾「アルテミス2」は当初の計画より遅延しているものの、人類の月面再着陸は着実に歩を進めている。
2024年からは、民間企業による月面物資輸送(CLPS)が行われている。NASAが民間企業にペイロードと呼ばれる着陸船やローバーに搭載可能な観測機器などの貨物の月への輸送を有償で委ねるサービスだ。現在参加できる企業は米国の企業に限定されている。2024年2月には米国の民間企業インテュイティブ・マシーンズ(Intuitive Machines)の月着陸船「Nova-C(ノヴァC)」が月着陸に成功している。
日本の国際宇宙探査への取り組みも着実に歩を進めている。2020年10月にはアルテミス合意に署名、2021年12月には日本人宇宙飛行士の月面着陸の実現を図るとされた。同年、JAXA宇宙飛行士の募集を開始。2023年2月には米田あゆ氏、諏訪理氏が候補者2名に選抜された。2024年4月には「与圧ローバーを使用した月面探査に関するアメリカ合衆国航空宇宙局と文部科学省の間の実施取決め」が署名され、日本は有人与圧ローバーの提供の役割を担うとともに、日本人宇宙飛行士2名による月面活動機会が規定された。
有人与圧ローバーは、宇宙服無しで居住及び移動ができる、世界初・唯一の月面走行システムだ。今後の月面探査における人類の活動領域を大幅に拡大することが期待される。JAXAとしても、有人与圧ローバーの研究開発を着実に実施し、日本人宇宙飛行士による月面活動機会に向けて必要な準備を進めていくという。
JAXAでは「国際宇宙探査ロードマップ」を示している。世界各国の宇宙機関の月探査活動のみならず、世界の宇宙機関が共同で目指す最新の月面探査シナリオ、さらに月・火星以遠の探査計画が示されている。月、火星と人類活動領域を広げていく一方で、地球の高度2,000kmまでの低軌道(LEO)における民間事業者による宇宙活動の推進を進めていく計画だ。
月面無人探査においては、将来の月惑星探査に貢献することを目指すプロジェクトが進む。具体的には、小型月着陸実証機(SLIM:Smart Lander for Investigating Moon)が、月への高精度着陸技術の実証と軽量な月惑星探査機システムの実現という2つの目的に向け取り組まれた。高精度な着陸技術については、「画像照合航法」・「自律的な航法誘導制御」などの技術を活用し、100m以内のピンポイント着陸を目指す。これまでの月着陸精度が数km~10数kmであるのに比較し、かなり精度が高まることがわかる。「降りやすいところに降りる」探査から「降りたいところに降りる」探査へと非常に大きな転換を果たすことができる。軽量な探査機システムの実現については、小型・軽量で高性能な科学推進システムおよび宇宙機一般で中核をなす計算機や電源システムの軽量化を実現していく。
SLIMプロジェクトは、JAXA宇宙科学研究所のメンバーが中心となり、全国の大学等の研究者が集まり、一体となって検討・開発・運用を進めてきた。2024 年 1 月 20 日、SLIMは月面に着陸。これにより、日本は月への軟着陸を成功させた世界で5番目の国となった。着陸目標からわずか55メートル地点に着陸する「ピンポイント着陸」の達成は、世界初の快挙となった。
次に進むのが、LUPEXと呼ばれる月極域探査ミッション。月極域の水などの資源探査および重力天体上での表面探査技術の獲得を目的としたインド宇宙研究機関(ISRO)との共同ミッションだ。これまでの月の観測データの解析結果から、月極域に水の存在可能性が示唆されている。月の水資源が将来の持続的な宇宙探査活動に利用可能か判断するために、水の量と質、濃集原理に関するデータを集めることがLUPEXの目的だ。また、将来の月面探査活動に必要な「移動」「越夜」「掘削」等の重力天体表面探査に関する技術の確立も目指しており、JAXAが計画している月面探査車「有人与圧ローバー」の開発にも活かされるという。
前述の有人与圧ローバーは、宇宙服なしで乗れる世界初の月面モビリティとして期待が高まる。宇宙飛行士2名(緊急時4名)が宇宙服を着用せずに滞在できる月面探査車で、これまで宇宙機の着陸地点付近に限られていた月面の探査領域を大幅に拡大することが期待される。10年間の運用期間でおよそ10,000kmを走行する計画だ。2031年の打ち上げ目標に向け、JAXAとトヨタが開発を進めており、ルナクルーザーという愛称で呼ばれる。
火星探査についても解説された。2026年に打ち上げが予定される火星衛星探査計画(MMX)は、はやぶさ2を通して培ったサンプルリターンなどの技術を活かし、世界初の火星圏(火星衛星フォボス)からのサンプルリターンを行うミッションだ。原始太陽系における有機物・水の移動および天体への供給量の解明に貢献するため、火星衛星に含まれる含水鉱物・水・有機物などを解析することにより、火星圏の水や有機物の存在を明らかにするとともに、2つの火星衛星の起源や火星圏(火星、フォボス、ダイモス)の進化の過程を明らかにすることを目的とする。フォボスの表面地形、地盤情報、表面・周辺環境を観測し、将来の有人火星探査に向けた情報収集としても期待される。
「宇宙を取り巻く環境は大きく変ってきている」と吉原氏は語る。2010年代からは、民間企業による宇宙進出も進み、アルテミス計画の本格化、産業界との連携による月探査、そして月面インフラ開発の時代が到来しようとしている。
こうした背景を受け、政府も支援を決定。JAXAに「宇宙戦略基金」が創設され、民間宇宙事業を支援する。「宇宙戦略基金」は、輸送、衛星等、探査等の3つの分野において、市場の拡大、社会課題解決、フロンティア開拓の3つの出口に向け、スタートアップをはじめとする民間企業や大学等が複数年度(最大10年)にわたって大胆に技術開発に取り組めるよう、支援するものだ。吉原氏も、民間企業が主体となる宇宙事業が展開されることに期待を寄せた。