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2025.12.23

「動きのデータ化」が匠の技術を救う!

「見て学ぶ」「勘を鍛える」日本の製造業や建設業、物流業といった現場で見られる光景だ。日本のものづくりは、こうして匠の技術を伝承させてきた。しかし、少子高齢化で熟練技術者、若手人材の数は共に減少。技能の属人化が進み、施工品質や生産性の低下、さらには高齢作業者による安全性までもが避けられない状況にある。

従来の教育方法では、熟練者の経験や勘に頼った作業を効率的に伝えることは難しい。熟練者の微細な手の動きや力加減、作業のリズムまでを再現することは、口頭指導やマニュアル、動画教育だけでは限界がある。

画像処理・AI・センサー等の開発実装を行うアキュイティー株式会社の代表・佐藤眞平さんは「動きのデータ化」というアプローチで現場作業の科学的可視化を実現。技能伝承の革新を目指している。熟練者の動作をデータとして解析し、AIを活用して標準化することで、誰もが同じ品質で作業できる環境を作り出す――。「動きのデータ化」が日本の技術伝承の解決策となり得るのか。(文=木島 日菜子)

お話を伺ったのは

アキュイティー株式会社 代表取締役
佐藤 眞平さん

画像処理ベンチャーにて10年勤務後、大手広告代理店にてデジタルビジネス推進に従事。専門商社にて新規事業立上げの後、2015年に起業。創業時よりCEO、CTOを兼務。 東北大学大学院歯学研究科修了。

昔のようにはいかない――技術伝承の現実

建設業では、50歳以上の技能者が全体の約6割を占め、30歳未満の若手はわずか1割に過ぎないという統計がある。
作業工程にも、熟練作業員の経験に依存したものが多く、新人教育に長期間を要することが常態化している。その結果、作業効率の低下や納期遅延、品質のばらつきといった問題が現場で頻発する。

しかし熟練者の微妙な動作や力加減、動作のリズムを口頭やマニュアルでは再現するのは難しい。人手不足の影響で教育の時間を確保することも難しく、現場作業者の負荷は年々増している。高齢の熟練者に依存した現場では、作業中の事故やミスも増加しており、安全性確保は大きな課題となっている。
こうした状況は単なる労働力不足の問題にとどまらず、企業の生産性や社会全体の安全性に直結する重要な問題だ。

「技能を属人的な経験から解放し、誰もが同じ品質で作業できる現場を作りたい」そう語る佐藤さんは、この課題に着目。現場作業を科学的に可視化することで解決する道を模索した。

「職人の勘」がデータ化で再現可能に

まず現場作業をセンサーやカメラで計測し、作業者の動作を詳細にデータとして取得する。

そのデータをAIで解析することで、最適な動作や手順、工具の使い方をモデル化。作業者は解析結果をリアルタイムで確認しながら作業できるため、学習効率の大幅な向上が期待できる。下記に実際の解析例を紹介する。

製造業

自動車部品工場における溶接作業の解析が行われた。従来は新人が習得するまで数週間を要していた作業も、データを活用することで習得期間は従来の約3分の1に短縮された。ライン全体の稼働率も向上し、品質のばらつきも減少。作業中の安全性も向上し、事故リスクの低減に繋がったのである。
建設現場においては、重機操作や資材搬入作業を3Dモーションで解析し、最適な動線や操作手順をAIが提案するシステムを導入された。

従来は経験者の勘に頼るしかなかった作業も、データに基づき標準化されることで、安全かつ効率的に進行するようにに。また現場監督はリアルタイムで作業進捗を把握できるため、リスク管理の精度も飛躍的に向上した。

物流業

倉庫内のピッキングや仕分け作業の動作をデータ化し、最適な動線や作業タイミングを提示するシステムが導入された。その結果、作業者の負荷は軽減され、作業ミスは減少し、作業速度も向上した。人手不足の影響を最小限に抑えながら、効率的な物流管理が可能となったのである。

従来のマニュアルや動画では伝えきれなかった熟練者の微細な動きも、データ化によって精密に把握でき、AIを活用することで、動作の改善点や最適化された作業手順を提示することが可能に。効率と安全性の両立が現場で実現できた。

伝統×デジタルが、未来のものづくりを支える

 「動きのデータ化」が現場産業全体に浸透すれば、作業の属人化は劇的に減少するだろう。熟練者の経験や勘に依存せずとも、新人や経験の浅い作業者でも高品質な作業を再現できる環境が整う。

現場教育の効率は飛躍的に向上し、学習に必要な時間は大幅に短縮される。また、AIによる動作解析は単なる作業手順の提示に留まらず、作業者ごとの動作パターンの改善点を示すことが可能であり、個々の成長や技能向上にも直結する。

この結果、作業者の負担は軽減され、安全性の確保と効率化を同時に実現できる社会が訪れると考えられる。

さらに、作業データの蓄積と解析が進むことで、現場ごとの最適化が進み、業務プロセス全体の効率化が加速するだろう。建設業であれば資材搬入や重機操作の標準化が進み、工期短縮やコスト削減につながる。製造業では、ライン作業の効率化と品質安定化が進み、納期遵守や不良率低減の面で大きなメリットが生まれる。物流業では、倉庫内作業の最適動線や作業者の動作効率がデータ化され、ピッキングや仕分け作業の精度向上と負荷軽減に寄与するだろう。

佐藤さんは、この未来像に向けて技術をさらに進化させる計画を持っている。現在は製造・建設・物流の現場を中心に技術を提供しているが、今後は医療やスポーツ、教育など、人体の動作が関わる幅広い領域に応用を広げる構想を持っている。

例えばリハビリ現場では、患者のリハビリ動作をデータ化し、最適な動作や進捗管理をAIが支援することで、回復効率を高めることが可能になる。またスポーツ分野では、アスリートの動作解析によって技術向上やケガの予防に活用できる。こうした応用は、単に産業現場の効率化に留まらず、人々の生活の質を高める社会的意義も大きい。

熟練者の動きを比較・解析するこの技術は、あらゆる業界に応用できるはずだ

アキュイティーは今後の方針として、動きのデータ化を通じて「技能の標準化」と「安全性の向上」という二つの柱を軸に事業を拡大していく「将来的には、現場作業の改善に留まらず、データプラットフォームとして蓄積された動作データを社会全体で活用できる環境を構築することを目指しています」と佐藤さん。

つまり、個々の作業者の能力を最大限引き出すだけでなく、社会全体の生産性や安全性を向上させる「動作データのインフラ化」を視野に入れているのである。

佐藤さん自身も、「動きのデータ化は現場の課題を解決するだけでなく、未来の働き方や学び方を変える可能性がある」と語っている。今後は、データ解析技術とAIの進化を活用し、より柔軟で誰もが活躍できる社会の実現を目指すという。アキュイティー社は、技術革新を通じて現場の価値を最大化し、作業者の安全と効率の両立を図るとともに、社会全体の持続可能な生産性向上に貢献していく展望を描いている。

編集後記

日本の現場産業は、熟練者の高齢化と若手不足という二重の課題に直面している。従来の技能伝承方法では再現性や効率に限界があり、現場の生産性や安全性の低下を招きかねない。佐藤さんの提唱する「動きのデータ化」は、熟練者の動作を科学的に可視化し、誰もが再現可能な作業手順を提供する革新的手法である。

実際の事例からも明らかな通り、作業効率向上、技能習得時間の短縮、事故リスクの低減など、多面的な効果が現場にもたらされている。今後、こうした技術が社会全体に広がれば、技能の属人化によるリスクは減少し、人材育成も加速することが期待される。

現場課題の解決にとどまらず、社会全体の生産性と安全性を高める存在として大きな役割を果たすであろう。
(木島 日菜子)