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2025.12.17

地方自治体と描く次世代の働き方~【連載】「自由に働ける社会を「遠隔就労」がつくる!」

生産年齢人口の約5人に1人が、何らかの就労困難を抱えている現代。場所や時間に縛られない働き方「遠隔就労」が、課題を解決する糸口となるかもしれない。遠隔就労の社会実装を多方面からのアプローチで推進するのが「遠隔就労研究会」だ。研究会の運営主体は、電通総研、竹中工務店、ジザイエ、ユアサ商事(2025年12月現在)。各社の力を結集し、多くのステークホルダーと共に活動を進めている。RoboStepの当連載では、研究会と協力し遠隔就労の普及に向けた取り組みや考え方を発信している(【連載】自由に働ける社会を「遠隔就労」がつくる!)。

今回は、2025年11月4日に「地方自治体との連携」をテーマに開催された研究会の様子をレポート。昨今、地方では過疎化や人口減少による就労者の不足が年々顕著となっている。遠隔就労が地域課題の解決にどう寄与するのか、その最前線に迫る。(文=RoboStep編集部)

※遠隔就労の概要については上記バナーより、過去の連載をご覧ください。

創業360年の商社が「つなぐ」未来。医療コンテナで地方創生の課題に挑む

創業1666年、360年以上の歴史を持つ複合専門商社、ユアサ商事株式会社。登壇したグローイング戦略本部 新事業開発部 課長補佐の梅田 拓見氏は、同社が地方創生に取り組む理由を、歴史の中で培った「つなぐ」という使命感にあると語る。商社としてモノや産業をつないできた同社が今、最も重要視するのが「人をつなぐ」こと。スキルを持つ働き手と地域を結びつける遠隔就労こそ、日本の構造的課題を解決する鍵だと考えているのだ。

「『働きたい場所を選び、暮らしたい場所で豊かに生活できる社会へ』。これはもはや理想やスローガンではなく、私たちが具体的なビジネスモデルとして実装しようとしている現実です」。梅田氏はそう力を込める。その言葉を裏付けるのが、医療過疎という根源的な課題への挑戦だ。専門医が不足している地域では、医療への不安は拭えない。その懸念から人口流出を招き、新たな移住を妨げる最大の壁となっている。

そこで「移動可能な医療施設」として注目されているのがこのコンテナだ。
コンテナ内に医療設備が備わり、トラックで運ぶことでどんな場所にでも医療体制を敷けるというものだ。

石川県で起こった能登半島地震の発生の際に使われた当コンテナ。災害により医療施設が被害を受けた際に駆けつけることができ、診察、検査、治療、手術、そして入院の医療体制を整えることが可能だ。これまで地方の病院でも遠隔診療は行われていたが、施設ごと移動できる形で、従来の遠隔診療の限界を打ち破ろうとしている。

診療は、コンテナに常駐する「地域オペレーター」と、都市部の専門医が遠隔で行う協力体制だ。地域オペレーターは単なる受付係ではない。医師の指示のもと、遠隔聴診器やエコーといった高度な医療機器を操作し、医師の手足となって患者をサポートする現場のプロフェッショナルだ。この新しい専門職は、地域に安定した雇用を生み出す。特に出産や介護で現場を離れた「潜在看護師」などが、柔軟なシフトで再びスキルを活かせる場となる。「医療インフラを整えることが、同時に人を育て、地域に雇用を生み出す。この好循環こそが、地域を内側から元気にしていく」と梅田氏は語る。ユアサ商事株式会社 グローイング戦略本部 新事業開発部 課長補佐 梅田 拓見氏

ユアサ商事は遠隔就労を一過性の支援ではなく、地域に根付く持続可能な産業へと昇華させようとしている。医療コンテナは、医療不安の解消、新規雇用、潜在人材の活用といった複数の課題を同時に解決する可能性を示す。これは都市部から地方への人の流れを生み、地域と多様に関わる「関係人口」の創出に他ならない。360年以上にわたり日本社会をつないできた商社が今、人と技術と地域をつなぎ、未来の社会基盤をデザインしようとしている。

5万円のVRゴーグルが地域を救う? 名古屋大学が描く「メタワーク」の可能性

地方には終業機会が少ない。働く機会は都市部の1/8とも言われ、数百もの自治体が「消滅可能性都市」と見込まれている――。この深刻な課題に対し、新たな働き方の実装で挑むのが名古屋大学だ。登壇した名古屋大学 未来社会創造機構 教授の河口 信夫氏と、共同で研究を進めるトヨタテクニカルディベロップメント株式会社(TTDC)の吉川 正氏は、地方創生の鍵は担い手不足の解消にあると指摘する。(左)名古屋大学 未来社会創造機構 教授 河口 信夫氏、(右)トヨタテクニカルディベロップメント株式会社(TTDC)吉川 正氏

これまでもロボットを遠隔操作する技術は存在したが、高価な専用機材や専門スキルが求められるため、地域に多数配置するのは非現実的だった。

その壁を打ち破るべく、河口氏らが内閣府の国家プロジェクト(SIP)の一環として提唱するのが「メタワーク」である。市販の安価なVRゴーグル※(5万円程度)を使い、誰もがどこでも働ける仕組みをオープンソースで開発。専門家でなくとも、地域の人がスポットワーク的に遠隔作業に参加できる世界を目指している。

※VR:(Virtual Reality:バーチャルリアリティ)=コンピューターで作り出された仮想空間にユーザーが没入し、まるでその場にいるかのように体験できる技術

ただ、VRのソリューションを開発しても実際の就労者にとっては「使い方がよくわからない」となりがち。そんな不安を解消するため、地域に「メタワーク拠点」を設置。基本的に就労者はここに集まり、専門家のサポートを受けながら働いていく。実際に、名古屋大学と新城市が連携し、社会実装に向けた実証実験に本気で取り組んでいる。

2025年夏には、市民85名が参加し、市の拠点から約50km離れた名古屋大学内のロボットアームを遠隔操作。積み木やお菓子の箱詰めといった作業を体験してもらったのだ。実験後のアンケートでは、参加者の満足度は高く、「1日に1〜2時間程度の作業なら可能」という回答が多く集まった。また、作業場所として自宅以外にも「公共施設を望む」という声が多数あり、地域コミュニティの新たな拠点となる可能性も示された。「思ったより操作しやすい」という声もあり、メタバース※活用の好事例ともなり得そうだ。

※メタバース:インターネット上に構築された3次元の仮想空間を指し、アバター(分身)を通じて他者と交流したり、様々な活動・体験ができるサービス全般のこと

一方で、実用的な課題も浮き彫りに。操作の遅延や奥行き感のズレ、VRゴーグルによる疲労感など、誰もが快適に働くためにはまだ解決すべき事項もある。遠隔操作は、機器(上図の右、物理制約付 仮想ロボット)のみを地域に設置しても、理論上実現可能だが、コストとスキル習得の難しさがある。本プロジェクトはVRをさらに経由することで両方の課題を解決している。機器と操作者の間に媒体が入るほど課題も出てくるところを解決していく予定だ

このように、理論の構築だけでなく、市民を巻き込んだ効果測定を通じて現実的な課題を一つひとつ洗い出している点に、本プロジェクトの本気度がうかがえる。吉川氏は、今後は集めた地域の情報をAIで整理・活用する「地域の知」構想にも言及。ふるさと納税の返礼品を「モノ」から「地域の活動への参加」という「コト」へ転換するアイデアにも触れ、技術開発に留まらず、持続可能な仕組みとして地域に根付かせるための挑戦を続けている。

日本の未来図・淡路島から発信。アバターがつくる新しい働き方

急激な人口減少と超高齢化。同課題が深刻化しているのが淡路島だ。株式会社パソナグループは淡路島を「日本の未来の姿」と捉え、2008年から農業分野への参入を皮切りに、地域に根ざした地方創生事業を展開してきた。2020年には本社機能の一部を淡路島へ移転。社員自らが移住し、地域の当事者として課題解決に取り組む姿勢を明確にしている。登壇した株式会社パソナグループ 成長戦略総本部 インキュベーション本部 Sales Directorの山本 大介氏は、同社の地方創生の核は「人材を誘致すること」にあると語る。パソナグループ 成長戦略総本部 インキュベーション本部 Sales Director 山本 大介氏

その理念を具現化する最先端の取り組みが、アバターを活用した遠隔就労だ。同社 成長戦略総本部 淡路マーケティング本部 本部長補佐の黒崎 秀将氏は、淡路島に開設した「淡路アバターセンター」を紹介。ここは、アバターを介して遠隔地の接客業務などを行うオペレーターの拠点だ。年齢や性別、さらには障害の有無を問わず、多様な人材が活躍しているという。

「アバターでの遠隔接客が可能になると、リアルの人材需要が減るのでは?」という問いに対し、黒崎氏は「新しい働き方が広がるチャンス」と答える。介護や育児で通勤が困難な人でも、東京や大阪の仕事を淡路島から担うことが可能になるのだ。

実際に淡路島には「アバターセンター」と名付けた拠点を設立。パソナが持つ人材プラットフォーム・人材育成システムに加えて、これまで蓄積したアバター就労の運用ノウハウを活用し、アバターを最大限活用できるオペレーションを提供している。

同社はこの仕組みを大阪・関西万博で大規模に実践。一部のパビリオンにおいてアバターによる遠隔での案内業務などを成功させた。会場が混雑する中でもオペレーターは通勤不要で、暑熱といった過酷な労働環境からも解放されるなど、働き手側のメリットも実証された。

このアバター接客は、AIとの融合でさらなる進化を遂げている。100言語以上に対応する自動翻訳機能を活用し、インバウンド観光客への案内もスムーズに行う。また、定型的な質問はAIが対応し、複雑な要件になってから人間のオペレーターに切り替えるといったハイブリッド運用も実現。企業にとっては業務効率化、働き手にとっては新たな雇用の創出という、双方にメリットのあるモデルを構築している。

遠隔地のモニター前で就労者が待機。トラッキング技術で、身振り手振り、表情までアバターを介して対応可能だ

パソナグループは今後、大学誘致なども視野に入れ、淡路島を「新しい働き方」の実証フィールドとしてさらに発展させていく構えだ。日本の未来図ともいえるこの地から、アバターを通じた次世代の働き方が全国へと広がっていくかもしれない。 パソナグループ 成長戦略総本部 淡路マーケティング本部 本部長補佐 黒崎 秀将氏

編集後記

「地方創生」という壮大なテーマに対し、今回の研究会で示されたのは、単なる技術論や未来予測ではなかった。ユアサ商事による医療過疎地域へのアプローチ、市民を巻き込んで実証実験を進める名古屋大学とトヨタテクニカルディベロップメント株式会社、そして淡路島に根ざした拠点づくりを行うパソナグループ。各社の取り組みに共通していたのは、「技術の提供」だけで終わらせないという強い意志だ。

彼らは、遠隔就労というソリューションを手に、それぞれの地域が抱える医療、担い手不足、人口減少といった固有の課題に真摯に向き合っていた。

そして、その解決の主役が「人」であることを忘れてはいない。潜在看護師の復職を促す仕組み、市民参加による課題の洗い出し、多様な人材が活躍できる拠点づくりなど、いずれもテクノロジーと地域社会、そして働き手自身が有機的に結びつく「体系的」なアプローチであった。

遠隔就労は、単に「どこでも働ける」という利便性を超え、地域社会のあり方そのものを再定義する可能性を秘めている。それは、都会の仕事を地方に持ち込むだけでなく、地方に新たな雇用とコミュニティを生み出し、人々が暮らし続けたいと思える未来を描く力だ。

技術と課題、そして人が交差する点に、次世代の働き方の、そして地域の未来が描かれていく。遠隔就労研究会が目指す「全ての仕事で遠隔就労が当たり前になる未来」に向け、その挑戦を今後も追っていきたい。(続く)