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  3. 【連載】自由に働ける社会を「遠隔就労」がつくる!(第1回)

業務をオンラインだけで完結させるリモートワークが一般的になって久しいが、私たちは、その可能性を十分に活かせていない。自宅から建設現場の重機を動かす、海外から日本にあるロボットを操作する――。リモートワークが難しい建設業 や製造業などに浸透してこそ、時と 場所に捉われない働き方が普及したといえる。そんな世界を実現し、あらゆる社会課題を解決すべく奔走しているのが「遠隔就労研究会」だ。RoboStepでは、まだ知られざる遠隔就労の取り組みを発信し社会実装に向けて、同研究会協力のもと連載を開始することに!記念すべき第1回は、発足メンバーである3社―電通総研 ヒューマノロジー創発本部 渋谷 謙吾 氏、竹中工務店 エンジニアリング本部 浅井 隆博 氏、そしてジザイエ 代表取締役CEO 中川 純希 氏が集まり、同研究会の概要、そして「遠隔就労」への熱い思いを語っていただいた。(文=RoboStep編集部)

あらゆる課題解決に活きる「遠隔就労」とは

渋谷 遠隔就労とは、 文字通り、物理的に離れた場所から業務ができる働き方のことです。

最近ではリモート会議やさまざまなクラウドツールが広く普及し、パソコンやスマートフォンを使って遠隔でも情報共有や共同作業ができるようになっていますが、今後はロボットなどのテクノロジーを活用することにより、建設や農業のような物理的な制限がある業務もできるようになっていくと考えられます。場所、時間、身体の制約に捉われずに働けることは、労働力不足 やそれに伴う地域、業界の衰退を防ぐことに寄与します。遠方の人に一時的に働いてもらったり、特段の理由で就業が困難な方も安全に働けます。

働き手にとっては自分の状況や特性に関わらず、生まれ持った能力を最大限発揮できる機会を創出できるテクノロジーでありコンセプトだと考えます。

この遠隔就労をいち早く実現、普及させるために発足したコミュニティが「遠隔就労研究会」です。各業界の課題を把握し、解決するにはどうすればいいか 、勉強会を通した情報共有や、実証プロジェクトの推進などの活動をしています。

中川 首都圏以外の地域では労働者不足の問題が深刻です。地域によっては、高齢化率が既に2045年頃の日本全体に近い水準※に達している所もあり、遠隔就労の技術力や普及率を向上させることは、働きやすい未来をつくる重要な種まきだと考えています。健康であっても、いつ病気や障害で働けなくなるかわかりませんからね。 (※参考:国土交通省「2050年の国土に係る状況変化」

 株式会社電通総研 ヒューマノロジー創発本部 Open Innovationラボ 先端技術グループ グループマネージャー 渋谷 謙吾 氏

遠隔就労が浸透した世界

渋谷 研究会では、2035年までに全ての仕事で、遠隔就労を当たり前の選択肢にすることをビジョンに掲げています。未来では、働き手の誰もが場所や時間に縛られずにスキルや経験を生かし、自分に合った働き方、ライフスタイルが選べるようになってほしい。特に、物理的に過酷だったり危険だったりする負荷の大きな仕事については、特に遠隔就労が浸透して欲しいと思っています。現地・現場にいなければならないとか、人が直接対応しなければならないといった理由で人材不足が加速したり、業界や地域が衰退してしまうのは避けていきたいですね。

浅井 「誰もが」という点で言うと、遠隔就労が、これまで評価されていなかったスキルを発揮できるきっかけにもなると考えています。例えばロボットの遠隔操作にゲームのプレイスキルが活かされること。実際、遠隔操作が上手な人は共通してゲームプレイもうまい人だった、というのは経験としてありますね。体力が無く現場にはいけないけれど、遠隔だからこそ活躍できる世界を作れるかもしれない。引きこもりになった人が働けるようになり、新しい社会参画の形が作られる。労働力人口増加にもつながりますし、どんな人にでも最適化された社会構造に変えられるといいなと思います。

株式会社竹中工務店 エンジニアリング本部 兼 経営企画室 新規事業グループ 浅井 隆博 氏

中川 場所や時間でいえば、時差をうまく活用して、日本の夜の時間帯に地球の裏側の南米から働いていただくこともできますからね。最近はよく農作物が盗まれる事件が起きていますが、そういう監視を犬型ロボットやドローンを使って南米にいる人が遠隔で行う。逆に日本から海外にあるロボットを操作する、といったこともできます。国をまたいで支援し合えるようになれば面白いですよね。

日本は首都圏以外の地域が過疎化するといった問題もありますが、通勤時間も関係なくフラットな労働環境を作ることができれば、自分にあった仕事を選び、余暇も作れます。自分が本当にやりたいことができる場所に住めるようにもなります。様々な災害に対し、日本全国や海外からも助け合えます。

もちろん、遠隔就労はどんな分野にでも広がっていくとは思っていません。現時点では人が人に直接触れる介護などホスピタリティの分野、つまり心に関わる部分は遠隔就労が難しいですね。ソフトロボティクスの開発などによって、ロボットのアーム部分といった「外側」の部分は物理的に柔らかくなっていくはずですが、「心」をどこまで遠隔で近づけられるかは、今後の課題でもあります。ですがそこは適材適所です。そういった分野では付帯業務などを遠隔でサポートするといった活用もできますから、どの業界でも遠隔就労が活きると考えています。

社会課題への解決意識が、研究会を発足させた

中川 そもそもこの研究会の始まりって、偶然同じ考えを持った浅井さんが声をかけてくれたんですよね。全く異なる業界で同じ考えを持っていた人がいたのに驚きです。

浅井 面白そうな人を見つけた!と思ったのは覚えています。竹中工務店はゼネコンですから建物を作るのが主事業ですが、私の役目は、建物に新しい付加価値を生み出すことを行っています。不動産に対して、建物内に存在するロボットやモビリティを「可動産」と言っているのですが、建物を変えなくても、可動産が変われば新しい価値が生み出せるので、人とロボットが共存する世界が私にとって理想です。そこに体が不自由な方、高齢者など様々な身体的制約がある人々を巻き込み、働いてもらうことができたら、もっと理想的な社会になるという考えを、個人として強く持っていました。これが遠隔就労についての原点です。(参考:竹中工務店「不動産×可動産による新しいコミュニティ空間の創出」

中川 ジザイエは、そもそも遠隔就労を実現するために2022年に創業しました。そのきっかけとなったのが、創業前の2021年、私が脳の病気になってしまったことです。脳疾患の患者が多い病棟に入ったのですが、脳の病気は体が不自由になり、場合によっては神経系にメスを入れますから、敏感な感覚を頼りにされているような職業、例えば料理人、建設業、製造業に携わる方々は仕事に復帰できなくなる可能性が高い。実際、手術をしなければいけないけど、したくないとおっしゃっているような患者さんが周りにいらっしゃいました。

私は無事退院して日常生活に復帰できましたが、残った患者さんは、治療はするものの仕事がなくなったり復帰できないリスクも抱えていた。私は、彼らが社会に参画できる方法は無いか、自分が当事者だったからこそ真剣に考えました。その経験から、遠隔で働けるソリューションの必要性を感じジザイエを創業しました。まずは業種を絞らず、かつて私が所属していた、東京大学の稲見 昌彦 教授の研究室(稲見研)の技術も展開できるということで、ビジネス・イノベーション・スペース「Inspired.Lab」に入居して開発を進めていました。
 株式会社ジザイエ 代表取締役CEO 中川 純希 氏

浅井 当時、竹中工務店では新規事業開発を行っていたので、Inspired.Labに入居していました。ここは良い意味で変人ばかりなんです(笑)。ガラス張りの部屋がたくさんある中で、なんだか面白いことをやっていそうなジザイエさんをお見かけしました。詳しく話してみると、偶然にも同じ「遠隔就労」の考え方を持っている事に気づき、すぐ意気投合しましたね。ジザイエさんが行っていたイベントでも、タワークレーンの遠隔操作といった技術の発表機会をいただいたり、定期的な活動をしていく中で渋谷さんもご紹介しました。

渋谷 我々は2024年に電通総研へ社名を変えると同時に、これまでのシステムインテグレーターとしての主事業から飛躍し、コンサルティングとシンクタンクというケーパビリティを拡充しました。これにより、企業だけではなく、社会全体と真摯に向き合い、課題の提言からテクノロジーによる解決までを担える存在になることを目指しています。そこで注目したのが労働力不足です。この問題は年々深刻化していくことが明らかでしたので、まず先回りして手を打ち、将来の事業を作っていきたいと考えていたタイミングでしたね。3人で打合せし、定期的にイベントを行う中で、遠隔就労研究会として活動していく形になりました。 

「遠隔就労って何?」から始める、地道な普及活動

渋谷 まだ遠隔就労という言葉も浸透していませんし、ユーザー側への普及活動が必要です。そこで感じるのは、遠隔就労ができそうな現場の人たちが、現状に課題を感じていない、もしくは課題を認識していても、それが遠隔就労の技術で解決できると思っていない人がほとんどだということ。そもそも「遠隔就労って何?」と思う人が多いですからね 。
まず研究会として、現場で遠隔での業務に挑戦されたり実践されている方にヒアリングを丁寧に行い 、しっかり遠隔就労技術の情報を発信する。並行して、遠隔就労にまつわる課題を解決するための技術開発を促進したり、実証実験 を行っていきます。もちろん1社では実現できないことばかりです。遠隔就労研究会としても定期的な勉強会や実証プロジェクトを通じて、みんなで手を動かして解決を図る必要があると考えています。

中川 私自身が一番ボトルネックになっていると思うのは、政府のガイドラインや新しい技術に対する規制が、スピード感をもって追いついてこないことです。遠隔就労の普及に時間がかかってしまう業界や現場はどうしてもあるので、まずは研究会自身がしっかりとガイドラインを作り、規制面で基準を定めて広く普及させてく活動を行っていかなければと思います。

浅井 発足したばかりの研究会ですので手探りですが、まずは年数回、研究会主催のイベント等を開催し仲間を集めることと、平行して実証実験を行います。これまでに大阪や群馬などで実証実験を行ってきました。

2024年に各地で行われた遠隔就労の実証実験

大阪では大阪商工会議所と都市再生機構(UR)の協力の元、森ノ宮団地の敷地内で、ジザイエさんが開発した遠隔からでも鮮明な画像が見られる「JIZAIPAD(ジザイパッド)」を使って、パーソナルモビリティ(電動車椅子)を遠隔から動かす実証実験を実施しました。ただ動かすだけではなく、パーソナルモビリティの利用者と操作者の双方が会話できるようにしました。高齢者がバス停から自分の家まで帰る途中で、「今日はあの場所に行ってたんですよ」といった会話をしながら帰っていただく。声をかけるというコミュニケーションがあることで、あえて自動運転を使わず、遠隔操作をするという価値になっていて、ここから新しいサービスの形につながるかもしれません。

大阪で実施された、遠隔でパーソナルモビリティを操作する実証実験 

群馬では「ぐんま未来共創トライアル補助金」に採択され実証実験を行いました。ロボットの頭にカメラを乗せて、そのロボットが巡回している映像から、(東京の)遠隔地で維持管理ができるか検証しました。遠隔地からロボットに作業指示をするだけで、現地で建物内を自動で巡回できるようになっていて、ロボットが見た画像をAIで分析し、壁の汚れや削れ、穴開きなどを自動で検知する実証実験でした。人間が現地へに行かずに遠隔ロボットとオペレーターで点検できることを期待しています。実際に施設の方に使っていただき、ヒアリングしながら改良を重ねています。

群馬で実施された遠隔によるビルメンテナンスの実証実験

誰もやっていないことばかりなので、苦労しかありませんが、今年もフィールドとソリューション、オペレーションの3つをぐるぐる回す実証実験をやりたいと、仕込みを入れているところです。

未来の私たちに向けて、新しい社会をつくる

中川 研究会自体は我々3社だけに限らず、多くの企業に参画いただけるような組織にしていきたいです。企業同士をつなげ一致団結し、日本全体に遠隔就労のうねりを生み出し、グローバルに広げていく。そこに必要な勉強会やイベント、コンソーシアムとしての組織作りは積極的に行って行きたいです。

渋谷 遠隔就労に興味や熱意のある方々が集まることで、 目の前にある課題を即座に解決できる集団にしていきたいですね。個々の企業では対応できない問題を、協力して解決する集団になるべきで、将来的には業界団体として制度作りにも加担できるような形態に発展できればと考えています。

浅井 私も、ルール作りや、マインドセット作りができる組織になっていくと思っています。将来は、すぐそばに遠隔就労がある世界になっているはず。こういう協会がなくてもみんなが普通に遠隔就労という選択肢を持っていることが最終的なゴールです。そうなった時はもう研究会ではなく、認定制度を作る発行団体みたいになっているかもしれません。次世代が働きやすいように、そして私たちが高齢者になった時にも、遠隔就労できちんと働けている世界になれば嬉しいです。(第2回へ続く)

出会いのきっかけである「Inspired.Lab」での一枚。RoboStepでは今後も同研究会の取り組みを追っていく

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