最新のロボットを導入しても、扉やエレベーターといった建物設備が思わぬ障壁となってしまうことがある。その結果、「ロボットを導入すれば、業務効率が上がる」という期待が実現しないケースも。その壁を壊そうとしているのは、ロボットメーカーではなく、創業140年を超えるゼネコン、戸田建設株式会社だ。彼らは、ロボットが動きやすい建物をデザインする「ロボットフレンドリービルディングデザイン(RFBD)」を掲げ、建物とロボット、業務フローまでを統合的にデザインしている。
既存の建物にどうロボットを入れるかが主流である今、建物側からのアプローチはまだ実績も少ない。そこで当連載では戸田建設協力のもと、「人とロボットが共存できる建物づくり」に関する連載を開始。同社の取り組みを中心に、建設会社の視点から「ロボットと人が共存する未来」へ向けて語っていただく。
第1回は、戸田建設がロボット事業に関わり始めた理由を通し、RFBDの概要を知る。戸田建設株式会社 イノベーション推進統轄部 事業化推進部 部長 黒瀬 義機 さん、同部 ロボフレ推進課 課長 田中 秀幸 さんに、その全貌を聞いた。(文=RoboStep編集部)
現在のロボットは、エレベーターに人と一緒に乗る事や、セキュリティのある扉を上手に通ることが難しい。しかし、私たちがロボットと一緒に働き、生活する未来を想像する時、これらの事象は当たり前にクリアしているはずだ。
準大手ゼネコンである戸田建設は、そんな夢を現実のものとすべく動いている。建物を設計する時からロボットの使い方を考えてデザインする「ロボットフレンドリービルディングデザイン(RFBD)」を推進し、ロボットが働きやすい建物の実現を目指している。
建物の構造や通信設備、さらには人の業務フローまでを最適化し、ロボットが自由自在に動き回れる環境をデザインしていくことが、彼らのコンセプトである。
戸田建設が目指す「ロボットフレンドリーな環境」。建物全体にシームレスな電波環境を構築し、ロボットが建物内外を自由に行き来する
戸田建設が定義するロボットフレンドリービルディングデザインには「5つの柱」がある。
垂直移動の共生:ロボットがエレベーターを操作して階を移動する。
平面移動の共生: セキュリティゲートや自動ドアと通信し、エリアを通過する。
複数ロボットとヒトの共生: 異なるメーカーの複数台のロボットを、一つのシステムで交通整理する。
ロボフレ環境のパッケージ提案: 自社製品を持たず、最適なロボットを自由に選定・提案する。
規格・ガイドライン作成: ロボットフレンドリー施設推進機構(RFA)に参画し、 業界全体のルール作りにも積極的に関わっていく。
これら5つの要素を統合し、建物とロボットをパズルのように組み合わせることで、ロボットが効率的に動ける環境をつくっていく。直近では、経済産業省やロボットフレンドリー施設推進機構で培った知見をもとに、わずか1年で「エレベーター連携」「セキュリティ連携」「群管理」という3つの大規模実証実験を実現させている。

複数ロボットの群管理や、ロボットと人が一緒にエレベーターに乗る事も実現できている
RFBDの実装を主に担うのが、事業を統括する黒瀬さんだ。一度退職して不動産証券化や事業再生の世界で経営手腕を磨き、6年前に古巣へ復帰した経歴を持つ。「復職当時、社内には優れた技術が眠っていました。それらを組み合わせて『ロボットが当たり前に走る建物』をどのようにビジネスとして社会実装するか。それが私のミッションでした」(黒瀬さん)。
目をつけたのは、現場で使用する通信技術だった。
高層ビルや地下の現場は、電波が届かない。そこで技術者たちが、現場の通信環境を確保するために活用していたのが、足場用の単管パイプと同径の部材を利用した通信技術。
「実は、単管パイプの直径と5GHz帯Wi-Fiの波長が、非常に相性が良いのです。パイプ内に電波を通せば、どこまでも届く。これが『ウェーブガイドLANシステム』の始まりでした」(黒瀬さん)。
パイプを通すことで地上から高層階まで電波を通すことが可能に
この現場の知恵を見て、黒瀬さんは直感する。「これはロボットの最大の鬼門、エレベーターを攻略できる」と。金属の箱であるエレベーター内は電波が遮断され、ロボットは通信不能に陥る。だが、シャフト内にこのパイプを通し、カゴの上にアンテナを立てれば、大掛かりな工事なしにシームレスな通信環境が構築できる。
建設現場の技術が、ロボットフレンドリービルディングデザインという概念を形にするための強力な武器へと変わった瞬間である。これが戸田建設のロボフレ推進の起点となった。
(引用:フルノ企業情報サイト「ウェーブガイドLAN」を活用した実証実験を実施」 )ウェーブガイドLANシステムとエレベーター連携の図
戸田建設の戦略の要は「自社でロボットを持たない」ことだ。「自社ロボットを持つと、それを売るための提案になってしまう。ですが、お客さまの課題は千差万別です。我々はロボットを持たないからこそ、世界中のあらゆるメーカーから、最適な一台をフラットに選び提案できます」(黒瀬さん)。
戸田建設株式会社 イノベーション推進統轄部 新技術・事業化推進部 部長 黒瀬 義機 さん
メーカーではないからこそ、全メーカーと手を組める。経済産業省やロボットフレンドリー施設推進機構(RFA)において、戸田建設は特定のメーカー色がつかない調整役として重要な役割を担うようになった。
建設会社でありながら、ロボットのエコシステム全体を繋ぐことができる。しかし、異なるロボットと建物を繋ぐには、建築とシステム、双方の言葉を通訳できる「プロフェッショナル集団」の存在が不可欠だった。
「ビルにロボットを入れたい」――施主のその願いは、現場レベルでは壁にぶつかる。「建築基準法に引っかかる」「ロボットと自動ドアの通信プロトコルが合わない」といった壁だ。
建築のプロはロボットの制御方法を知らず、ITのプロは建物の構造や法規を知らない。互いの言語が通じないのだ。通常なら外部のシステム会社に丸投げして終わるこの「通訳」の作業を、戸田建設は社内の混成チームで、効率的に完結させる。
「通常建物の設計図には、ロボットのための線は一本も引かれていません。建物の計画上生じた小さな段差や狭い通路は、ロボットにとっては高い障壁と同じです」
そう語るのは、同部課長の田中 秀幸 さんだ。建築士として25年のキャリアを持ち、ロボットが走行するために必要なスロープの角度、充電ステーションの配置、すれ違いに必要な廊下幅といった「物理環境」を、緻密に検討しデザインする。
戸田建設株式会社 イノベーション推進統轄部 事業化推進部 ロボフレ推進課 新技術・事業展開課 課長 田中 秀幸 さん
事業化推進部 ロボフレ推進課のロボット関連メンバーは精鋭ぞろいだ。建設会社の社員でありながら、自らプログラムコードを書き、ロボットと建物設備の連携システムを内製(インハウス)で構築している。こうしたシステム連携は外部ベンダーに発注するのが一般的だ。しかし、内製化することで、現場での急な仕様変更にも対応できる。さらに契約や補助金申請等の経験値豊富なメンバーや、元ドローンの企業で、ロボット導入とロボット開発に従事していた技術者を擁し、建物のハードとソフトの両面を内製で即座に解決できる体制を整えている。
かつて、オフィスに空調や照明がついたとき、人々は驚いたかもしれない。だが今は、それらは当たり前の存在になっている。戸田建設が描くロボットフレンドリービルディングデザインの最終ゴールは、まさにそこにある。
「ロボットが廊下を走っていても、誰も振り返らない。特別な『ロボットフレンドリー』なんて言葉すら必要ないほど、ロボットが当たり前のインフラになる。それが私たちの目指す景色です」(田中さん)。
その景色の先で、黒瀬さんはさらに壮大な未来を見据えている。ロボットが、リアルとバーチャル(メタバース)を繋ぐ「架け橋」になる未来だ。
「ロボットは、リアル空間を移動するセンサーの塊です。彼らが収集した情報は、そのままデジタルツインやメタバース空間へと同期される。ロボットを通じて、遠隔地の人がリアルなオフィスに『存在』したり、逆にリアルの人がバーチャル空間へアクセスしたりする。ロボットは、人間の身体や知覚を拡張するインターフェースになり得るんです」(黒瀬さん)。
二人の言葉の端々からは、常に「人の感情」や「幸福」への眼差しが感じられる。
コロナ禍を経て、リモートワークが定着した今、オフィスの価値が問い直されている。「行かなくてもいい場所」になりつつあるオフィスを、どう変えるか。黒瀬さんは最後にこう語る。
「だからこそ、『あそこに行くと楽しい』『ワクワクする』と思える場所が必要です。ロボットがコーヒーを運んでくる、挨拶をしてくれる。そんな些細なことで、働く人の表情が明るくなるなら、それは立派な『機能』なんです。ロボットと共存することで、私たち人間も楽しく働ける環境にしていきたいですね」(黒瀬さん)。
(次回へつづく)
戸田建設株式会社 イノベーション推進統轄部 事業化推進部 ロボフレ推進課の皆さん