後期高齢者の急増や介護人材の不足は、日本の喫緊の課題だ。厚生労働省によると、実に30万人の介護人材が不足しているという。特に課題となっているのが認知症高齢者の増加だ。こうしたなか、実証実験が進み、介護施設での導入が進む可能性があると注目されているのが、認知症高齢者のQOLの向上を目指し開発されたヒーリングコミュニケーションデバイス「かまって『ひろちゃん』(以下、ひろちゃん)」だ。目や口のない特徴的なロボットがもたらす効果や可能性は何か。実証からいよいよ実装段階に入っている『ひろちゃん』の可能性に迫った。(文=RoboStep編集部)
目と口がない特徴的なロボットひろちゃんは、認知症高齢者のQOLの向上を目指し開発されたヒーリングコミュニケーションデバイスだ。
ひろちゃんを提供するのは、ロボット開発・製造を手掛けるヴイストン。代表取締役社長の大和信夫氏は「『ココロ』を持ったロボットを創る」をビジョンに掲げ、人とロボットが共存・共働する社会の実現を目指している。共同創業者は大阪大学特別教授の石黒浩氏、顧問にはロボ・ガレージ代表高橋智隆氏と、ロボット業界を牽引するメンバーが集い、社会に役立つロボット作りを手掛けている。
ひろちゃんは、ヴイストン、大阪大学 石黒研究所、ATR(国際電気通信基礎技術研究所)の共同研究開発によって生まれた、赤ちゃんを“あやす”ことを通して、あやす側に癒やしの効果が得られるはず、という点に着目したデバイスだ。本物の赤ちゃんと同じように、様々な声を発して感情を表現するので、ユーザーは「だっこ」したり「たかいたかい」したりすることで、実際の赤ちゃんと関わるように楽しむことができる。
あえて目や口をつけていない事にも理由がある。認知症高齢者が赤ちゃんの反応を感じ、その日によって多様な顔を想像できるようになっているという。表情を持たせないことで、ユーザーが感情移入しやすくなるというわけだ。実際、顔のデザインの有無によりあやし続けてくれるか比較実験をしたところ、大きな差異はなかったという。
WHO(世界保健機関)の予測によると、2030年までに世界の認知症患者が7800万人になるとされる。日本国内においては、内閣府の予測によると、2025年には高齢者の5人に1人、およそ675万人が認知症になるとされる。健康寿命も延びるなか、健康を維持するだけでなく、幸せや充実感を感じて身体的、精神的、社会的に満ち足りた状態になるWell-Being(ウェルビーイング)の重要性が叫ばれている。
ひろちゃんは日本だけでなく、イタリア、オランダ、台湾、イギリスでも実証実験を重ねている。JST 戦略的創造推進事業(CREST) の支援を受けた研究を通じて、ひろちゃんはWell-Being(ウェルビーイング)の3要素(心理的幸福感、身体的な健康、社会的つながり)すべてにおいて健康効果があることが分かってきたという。
介護分野において重大な課題は、介護要員の不足だ。介護施設においては、慢性的なスタッフ不足に加え、離職率も高く、そもそも利益率が低く給与が安いという課題もある。介護職員のQOL向上は、介護施設の人不足の解消にも不可欠だ。
最近の研究で、ひろちゃんが介護職員の精神健康状態が改善する可能性が報告されているという。認知症高齢者がひろちゃんをあやしている間は目を離していられるため、介護負担が軽減される他、認知症高齢者との関係性が良好になるきっかけを生み、幸せ度、孤独感が改善されたという。
(引用:ヴイストン資料より作図)
(引用:ヴイストン資料より作図)
スタッフ不足への対策として、介護分野でのロボットデバイスの活用が期待されている一方で、施設への導入を阻む課題となるのが、導入による介護職員のストレス・責任・負担が増加することだ。多忙な業務のなかロボットの利用方法を習得することや、高額なロボットが故障することへの恐怖、衛生面への不安なども、介護現場に導入が進まない大きな理由となってしまう。
ひろちゃんは、内蔵する制御ユニットを本体から取り出すことができる構造で丸洗いが可能だ。本体を清潔に保つことができ、複数のユーザーで共有する場合などにも有用で、衛生面に対する課題を解決する重要なポイントだ。
顔があった方が望ましいという用途に対応するため、「後付け」するための顔カバーも付属している
そして、大きな課題となる導入コストに対応するため、ヴイストンでは、公益財団法人大阪産業局 ソフト産業プラザ TEQSとの共同事業として、ひろちゃんの無償レンタルサービスを現在展開中だ。6か月のレンタル期間終了後、利用希望を継続する場合、1か月1体200円(税別)で引き続き利用可能だという。手に届く価格帯であることは、導入を加速する大きなきっかけとなるかもしれない。
2024年10月当初は、大阪府内の特別養護老人ホームとグループホームを対象に実施していたが、取り組みが好評で、現在は日本全国の特別養護老人ホーム、認知症グループホーム、認知症対応型通所介護施設、介護老人保健施設その他、認知症ケアにひろちゃんを活用したい介護施設に募集の対象を拡大し、実施している。今後、実用実績を広めながら、在宅でのケアを行っている個人や、さらには海外での展開も視野に入れる。
2025年は大阪・関西万博での展示を予定しており、それにともない、ヴイストンではひろちゃんの新しい使い方やデザイン、衣装などを募集するデザインコンテストを開催している。応募可能期間は2025年2月3日~2025年2月25日正午で、一次審査を通過した作品が展示される予定だという。